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カール・ポランニー―市場社会・民主主義・人間の自由 [著]若森みどり

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2012年01月08日

[ジャンル]人文

表紙画像

■産業文明の人間化へ心血を注いだ先駆者

 市場経済の行き詰まりと、それを打開すべき民主的政府の無能、原子力など人間の制御能力を超えた巨大技術システムの限界と、経済決定論によって歪(ゆが)められた自由の危機、さらに格差や貧困の蔓延(まんえん)など。いまや「市場ユートピア」のバラ色の未来は色あせ、まるでダンテの描く地獄の扉に刻まれた「一切の望みを捨てよ」という言葉がリアリティーをもちつつあるかのようだ。
 こうした経済的自由主義と市場経済システムが人間に強いる耐えがたい苦痛と社会の荒廃に対して敢然と反旗を翻し、「社会の自己防衛」というテーマを制度的改革に託した先駆的な社会科学者がいた。カール・ポランニーである。本書は、ポランニーの社会哲学の核心を基礎に、経済史、経済学、経済人類学、さらに経済社会学にまたがるポランニーの多面的な研究と活動に焦点を当て、その全体像を明らかにしようとする画期的な研究である。
 青年時代のブダペストから亡命先のウィーン、大戦期のロンドン、さらに晩年の北アメリカ時代と続く「極端な時代」を生き抜いたポランニーは、その波乱に富んだ時代の中で変わることなくどんなテーマを追い続け、どんな思想や理論と格闘したのか。著者はこの問いに、経済学史・思想史の方法を駆使し答えようとする。ポランニーは、マルクスやウェーバー、オーストリア経済学やルソー、アリストテレスなど、膨大かつ多岐にわたる先人の知的遺産との格闘を通じて、経済を人間的共同体の目的に従属させ、産業文明の人間化をはかるために心血を注ぎ、志半ばで病に斃(たお)れたのである。
 本書で特に注目すべきは、主著『大転換』以後の、社会における経済の位置やその変化というテーマの到達点と言うべき『初期帝国における交易と市場』や遺稿集『人間の経済』に光を当て、ポランニーが一貫して、ミーゼス、ロビンズ、ハイエクら経済自由主義者が描く「市場ユートピア」とは異なる経済と社会のあるべき姿を求め続けたことを明らかにした点だ。
 この背景には第1次世界大戦に従軍したポランニーの痛切な体験があったに違いない。ポランニーは、市場経済は人間の文化的価値と衝突し、経済危機に陥れば、平和と民主主義を邪魔者扱いにし、ファシズムのような全体主義的な傾向を増長させてしまうと確信していた。グローバル化した市場経済の危機をみるにつけ、ポランニーの憂慮はますます現実味を帯びつつある。この意味でマルクス主義に代わる新自由主義への対抗軸としてポランニーの知的遺産に焦点を当てた本書の意義は高く評価できる。「ポランニー・ルネサンス」を予感させる力作だ。
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 NTT出版・4200円/わかもり・みどり 首都大学東京准教授(社会・経済思想、経済思想史)。共著に『労働』『経済思想8 20世紀の経済学の諸潮流』など。

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