書評・最新書評

通天閣―新・日本資本主義発達史 [著]酒井隆史

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2012年01月15日

[ジャンル]社会

表紙画像

■古い大阪の魂、低い目線の凄み

 昨今「塔」の話題を独占するのはスカイツリーだが、どっこい「通天閣」を忘れてもらっちゃ困るとばかりに分厚い本が出た。電波を発するわけでもない中途半端な高さの塔だが、大阪のディープサウスをほぼ百年見守り続けた存在感には、ある意味で東京タワーも太刀打ちできない凄(すご)みがある。
 本書は通天閣そのものを語らない。その下で展開した近代化を語る「叙事詩」に徹する。超然とした遠望ではなく、庶民や地元侠客(きょうかく)に低い目線を据えるのだ。
 堺方面へ南下する街道筋にあったこの地域は、都市整備を行うにも侠客の力に頼るほかないスラムだったが、一気に再開発をもくろみ、日本初の「万博」と呼ぶべき第五回内国勧業博覧会が開催される。一帯の整備と「人間の浄化」を担当した親分衆の逸話、たとえば賭博と相場で稼いだ私財を投じて「授産所」を開いた小林佐兵衛らの大阪魂が興味ぶかい。
 博覧会跡地は天王寺公園と、「新世界」なる新娯楽場に生まれ変わり、通天閣を配したルナパークが造られる。ところが新文化地区をめざした街は飛田遊郭の設置を経て場末の歓楽街となり、粗末な長屋がひしめく場所となる。
 だが、ディープサウスの魂を代表するかのような将棋界の異端児が登場する。権威に対抗し「名人」を名乗った阪田三吉は、ここで草鞋(わらじ)づくりをしながら暮らし、一説に日雇いで新世界建設にも駆り出されていたという。
 奇策「端歩づき」をもって東京の一流棋士に挑戦した阪田の将棋ド阿呆(あほう)ぶりを戯曲「王将」にまとめ上げたのは北條秀司だ。舞台や映画では、彼が暮らす長屋から必ず通天閣が見え、村田英雄のヒット曲にもその名が登場する。が、阪田の苦闘時代に、通天閣はこの世に存在していなかった。
 なぜ阪田には通天閣なのか。本書は謎に切り込み、秘話を披露する。敗戦直後の大阪で、阪田役の辰巳柳太郎が舞台に登場すると、大喝采がわき上がった。役者へのものでなく、それは火災と戦時供出で消えた初代通天閣が舞台で蘇(よみがえ)ったことへの感動だったと、北條は明かした。阪田を生んだ新世界界隈(かいわい)の前近代性を、近代都市化していく大阪全体にアンチテーゼとしてぶつけたのだ。阪田と通天閣は、大阪人にとって狭いディープサウスの象徴だった。初代の塔も二代目も超越的な「大阪全体のシンボル」だったのでなく、無限に拡張する都市化の中で埋没した「古い大阪」のわずかな化石なのだ。
 「この町には秘密の主がいて、それは怪しい投機家や博徒や人道主義の極道者や私娼(ししょう)たちだ」と著者は述べる。本書を読んで改めて進行中の橋下市長による大阪改革のディープな側面が理解できた。
    ◇
 青土社・3780円/さかい・たかし 65年生まれ。大阪府立大准教授(社会思想史、社会学)。著書に『自由論』『暴力の哲学』。共訳書にS・ジジェク『否定的なもののもとへの滞留』、ネグリ+ハート『帝国』、M・デイビス『スラムの惑星』など。

関連記事

ページトップへ戻る