書評・最新書評

比較のエートス 冷戦の終焉以後のマックス・ウェーバー [著]野口雅弘

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2012年01月15日

[ジャンル]経済 社会 国際

表紙画像

■専門の砦から「現実」の戦場へ

 M・ウェーバーの遺(のこ)した仕事が、規模の点でも濃度の点でも、読む者を圧倒する凄(すご)みを備えていることは、その理論構築に対し否定的な見解を抱く者を含め、認めぬわけにいかぬだろう。日本では一九三〇年代に大塚久雄らが本格的に取り組みはじめ、戦後ウェーバー研究はドイツをしのぐ活況と水準をみせた。が、考えてみるまでもなく、社会科学の対象は「現実」の社会であり、ウェーバーの著作自体ではない。アカデミズムが専門性の砦(とりで)に引きこもることに一定の意味はあり、またウェーバーを読み解くだけでも一大事業であるとはいえ、日本の「ウェーバー学」がどこか自閉するきらいがあった事実は否めないだろう。
 本書は、一人のウェーバー研究者が、専門の砦から敵地を窺(うかが)いつつ、「現実」の戦場で使える武器を再点検したものだといってよい。「合理性」「脱魔術化」「官僚制」「カリスマ」といったウェーバー社会学の主要概念がここでは、グローバルな市場経済の成立や排他的な原理主義の台頭に特徴づけられる、冷戦終焉後の世界を分析すべき武器としてとりあげられ、整備される。
 とりわけ著者が強調するのが、タイトルにもある「比較」である。ウェーバーの「比較」とは、ある文化が他との比較によって自己の優位を確認するのでもなく、超越的な場所から世界を多元的に眺めるのでもない、「自らの文化的なバックグラウンドを賭けて他者と接触し、そのことによって、これまでの自らのあり方が激しく揺さぶられるような経験」であると筆者は述べ、そうした「比較」の精神を根底に据えてはじめて、右の武器が本当に力を発揮しうるのだとする。比較的短い論文を集めた本書では、各論が十分に深まっているとはいいがたいが、一部分を切り取って自説の補強に便利に使う式のウェーバー利用から離れて、知の成熟を希求する筆者の姿勢は頼もしい。
    ◇
 法政大学出版局・3045円/のぐち・まさひろ 69年生まれ。立命館大准教授。『官僚制批判の論理と心理』など。

関連記事

ページトップへ戻る