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乱歩彷徨―なぜ読み継がれるのか [著]紀田順一郎

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2012年01月15日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■創造と人生の闇、謎鮮やかに

 一人の芸術家の華々しい誕生と、その後の芸術寿命を襲う老化現象と葛藤しながらの創造と人生のはざまで、苦闘と苦悶(くもん)を続けながら芸術家として成功し、存続、発展を遂げるか、それとも失敗に終わり、滅亡するかの命運を賭ける芸術家江戸川乱歩を著者は徹底的に、見事に活写してみせてくれるが、芸術を生業にしている者の一人として本書を読む時、自身の運命を重ねながら思わず背筋を走るひんやりとした戦慄(せんりつ)を覚える。
 冬の真夜中、月光に照らされた銀座通りをガックリ、ガックリと夢遊病者のように歩く機械仕掛けの怪人はギリギリと歯車の音を立てながら近づいてくる——。そんな冒頭シーンで始まる「青銅の魔人」の怪奇的幻想世界に心を奪われた中学時代から、ああ、いまだに一歩も抜け出せずにいる僕が、自分の創作活動とは無縁ではないように思えるのはたぶん、僕の中の停滞した時間の表象であるような気がするのだ。
 乱歩の「純粋な探偵小説」(佐藤春夫)は松本清張のようなあり方とは対照的に、社会的現実に対して無関心を貫くことで個としての現実世界を構築し、非思想的且(か)つ「趣味」的世界を展開するが、これこそ乱歩作品の根底を形成するものであると本書では述べられる。
 それにしてもデビュー作の「二銭銅貨」から「押絵(おしえ)と旅する男」までの7年間の作品は乱歩の代表作であり傑作揃(ぞろ)いである。だけどそれ以後は名声は高まるものの不作に乱歩はあえぐ。加齢と共に円熟時代を迎える芸術家に対し、乱歩の芸術寿命は次第に枯渇していくが、このことは創造者なら誰もが抱える切実な問題である。
 著者は明智探偵に勝るとも劣らず、乱歩の創造と人生の闇の森に容赦なく分け入りながら人間乱歩の謎を鮮やかに解き明かしてくれる。この書自体が一編の探偵小説に思えるのだった。
    ◇
 春風社・2000円/きだ・じゅんいちろう 35年生まれ。評論家・作家。『紀田順一郎著作集』(全8巻)など。

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