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箱根駅伝に賭けた夢―「消えたオリンピック走者」金栗四三がおこした奇跡 [著]佐山和夫

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年01月22日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■素朴な五輪が生み残した物語

 100年前のストックホルム五輪は、日本が初参加したオリンピックである。マラソンを走ったのが東京高等師範学校(現筑波大学)の学生、金栗四三(かなくりしそう)。途中棄権に終わったが、「マラソンの父」と呼ばれるほどその後に大きな遺産を残した。本書は主にスウェーデンにおける金栗の足跡をたどりつつ、もう一つの遺産も伝えている。
 金栗はアイデアマンだった。「東海道五十三次駅伝」「箱根駅伝」「福岡国際マラソン」など、また各種女子競技の創設にも関わっている。晩年は故郷・熊本で暮らしたが、92歳で没する少し前まで、近所の小学校の運動会に出向いていた。
 ストックホルム大会では、金栗は折り返し点を過ぎて間もなく疲労困憊(こんぱい)し、コースを外れて民家の庭に迷い込んで倒れた。著者は往時のマラソンコースをたどり、金栗を手厚く介抱したペトレ家の子孫も訪ねている。
 レース後、金栗とペトレ家とのかかわりがあった。金栗はお礼に訪れ、手紙のやりとりも続いた。そんな交流があったからであろう、後年、スウェーデンのオリンピック委員会は五輪から55年目の祝賀行事に金栗を招待した。
 スタジアムで金栗がゴールに入ると、「タイム54年8カ月6日5時間32分20秒3」とアナウンスされ、金栗もまた「長い道のりでした。その間に孫が10人できました」と粋なコメントを残している。
 本書を読みつつ、素朴で、つつましやかだった五輪の風景がよぎる。管理された商業イベントと化した現在のオリンピックは、果たしてこのような〈物語〉を生み残すことができるのかとも思う。
 著者は75歳。日米にまたがっての野球学の泰斗であるが、五輪100周年祝賀マラソンに参加する「老年の大志」を抱く。下見として当地を訪れ、結果、本書執筆に至ったという。いや、老いて意気盛んなりの元気本である。
    ◇
 講談社・1470円/さやま・かずお 36年生まれ。ノンフィクション作家。『史上最高の投手はだれか』など。

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