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人間 昭和天皇(上・下) [著]高橋紘

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年01月29日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■皇室記者の強みに客観性加え

 このところ昭和天皇伝(論)の刊行が相次ぐ。従来とは異なる視点が目立つ。確かに先行書には皇室記者会に所属した皇室記者の系譜がある。この一連の書には、昭和天皇と会話を交わしたという強みと、それゆえに客観性、歴史性欠如の弱みが抱え込まれている。本書はその系譜に連なる書だが、意図的にその強みを突出させ、弱みの克服を試みた書である。
 過剰な思い入れや慮(おもんばか)りを排し、冷静に客観的に一つの史実の裏側、その背景や人間関係などを平易に記述している。皇太子時代の第1次大戦後の戦跡を見ての非戦の感想、皇女、皇子を手元で育てたいと望みつつ、貞明皇太后や元老西園寺公望に反対されての挫折から、実は天皇と弟宮(特に高松宮)が戦争責任を巡る発言で不仲だったことや、香淳皇后の非社会的態度、入江相政侍従など宮中側近の時代感覚のズレなど具体的に書き込み、読者に正確な情報、知識を提示している。
 著者の立場は明確だ。天皇即位時の二つの事実を語ることで示される。一つは、宮城前広場で学生や青年団員ら7万人余の行進を氷雨の中外套(がいとう)を脱ぎ雨に打たれながら親閲する「国民と共にある姿」。もう一つは現人神(あらひとがみ)強制のため「配布された御真影」。天皇の本意と天皇制の建前のズレ、昭和スタート時の歪(ゆが)みを軍事上の大元帥を通して論じるのではなく、矛盾の「併存」からの指摘は貴重である。
 張作霖爆殺時の田中義一首相への叱責(しっせき)、天皇とマッカーサーの第1回会見時の発言、さらには美智子妃の“聖書事件”など真偽取り混ぜて流布する巷説(こうせつ)を事実をもって整理している。昭和50年代以降、「政治的渦中にある」靖国神社への参拝拒否も、著者の見方が当たっていると思う。著者はがんとの闘病の中で千枚余の原稿を書き上げた。本書を見ずに逝ったが、その残した指摘は歴史的記憶、記録となるべきだ。
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講談社・各2940円/たかはし・ひろし 41年生まれ。共同通信社記者など。昨年9月死去。著書に『象徴天皇』ほか。

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