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謎のチェス指し人形「ターク」 [著]トム・スタンデージ

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2012年01月29日

[ジャンル]歴史 科学・生物

表紙画像

■名士も熱狂、18世紀の自動機械

 チェスの世界はおもしろい。名人同士だけでなく霊能者やコンピューターとの対決といった話題が尽きないけれども、ルーツは18世紀にチェスの名手を次々に打ち負かした「自動人形(オートマタ)」の登場にあった。本書は、なぜチェスが知能の異種格闘技へと発展する舞台となるのか、その大問題を追いながら、「知的見世物(みせもの)」だった時代の科学にまつわる秘話を展開する。
 まず、自動人形(オートマタ)をオモチャと見くびってはならない。悪魔や魔術を否定し科学こそ真の白魔術であると信じた啓蒙(けいもう)君主マリア・テレジア女帝が、魔術よりも驚異的な科学的見世物を開発する仕事を宮廷の機械技術者ケンペレンに命じたのが発端なのだ。彼は「喋(しゃべ)る機械」や「視覚障碍(しょうがい)者用タイプライター」など真正の発明も完成させるが、最も世間を驚かせた大見世物こそ、人間とチェスを指して勝利できる人工知能型人形「トルコ人(ターク)」だった。ナポレオンらチェス好きの名士と対戦しても、相手が詐術や反則技を使うと遠慮なく盤上から駒を払い落としたというこのカリスマ機械は、自動織機の開発者カートライト、蒸気で動く自動計算器の発明者バベッジ、そして現代コンピューター開発の元祖チューリングやフォン・ノイマンらへも、多くの霊感を与えた。大金で買い上げるから秘密を教えろと迫る王侯さえいた。
 しかしケンペレンには「トルコ人」の秘密を明かせない事情があった。
 彼の死後、アメリカ巡業に出た「トルコ人」を待ち構えていたE・A・ポーは、綿密な観察と推理力で秘密を解明しようとし、その手法を文学に応用して推理小説を確立する……といった逸話の連続は、早すぎた人工知能の歴史としてフルコース料理級の満足感がある。本書はなお、秘密を探るため「トルコ人」をわざわざ復元した現代科学界の真意にまで言及する。著者の好奇心も果てしなし。
    ◇
服部桂訳、NTT出版・2520円/Tom Standage オックスフォード大卒。ジャーナリスト・作家。


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