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さわり [著]佐宮圭

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2012年01月29日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■抑圧から生まれた天才琵琶師

 1967年11月9日、ニューヨーク・フィルハーモニック創立125周年記念公演。若き小沢征爾が指揮する武満徹作曲『ノヴェンバー・ステップス』の舞台には、尺八奏者の横山勝也とともに天才琵琶師・鶴田錦史の姿があった。演奏は大きな反響を呼び、同曲の海外公演は実に200回以上に及んだ。しかし今、名曲の誕生を支えた鶴田の名を記憶する人は少ない。
 彼女の数奇な人生には三度のクライマックスがある。7歳で琵琶を習い始めた錦史は12歳で早くも師匠となり13歳でレコードを出すほどの早熟な少女スターだった。
 20代後半、夫の裏切りを機に彼女は音楽を捨て、子どもも捨てて実業界に身を投じ、大きな成功を収める。以後、彼女は生涯「男装」を貫くことになる。本書が焦点を当てるのは、彼女自身がほとんど語らなかったこの時期だ。佐宮は綿密な取材によって、空白期間の再構成を試みる。
 そして40代半ば、武満徹との出会いを機に、彼女は再び音楽を取り戻す。20年近いブランクをものともせずに琵琶の再興に尽力する彼女の気迫には圧倒される。そして冒頭のクライマックスへ。
 「さわり」とは琵琶独特の音色で「弦が振動しながら楽器の一部に微(かす)かに触れることで生まれる」、「複雑で深みのある一音」である。西洋人にとっては雑音にしか聴こえないという「さわり」には、快感原則に従わない魅力がある。
 彼女の人生の至る所に、女性ゆえの抑圧構造がみてとれる。音楽を捨て、家族を捨て、女を捨てていく過程は、抑圧が彼女に強いたものだった。しかしその抑圧こそが、彼女の音楽に独自の「さわり」と“感じ”をもたらしたとすればどうだろう。琵琶そのものが絶滅に瀕(ひん)している今、第二の鶴田錦史はもう生まれようがない。だとすれば本書は、一人の女性の喪失を描くと同時に、私たちが失った一つの時代の記録でもあるだろう。
    ◇
小学館・1680円/さみや・けい 64年生まれ。本作で第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。



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