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フクロウ―その歴史・文化・生態 [著]デズモンド・モリス

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2012年02月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■知恵か邪悪か、魔術的象徴として

 本書を執筆した著者の動機に僕は背筋が凍えるような悪寒と同時に言葉にならない切ないものを感じた。著者がまだ幼い少年の頃、野原の片隅で血まみれになったフクロウが悲しみと苦しみを浮かべた表情で死の予兆に耐えているところに遭遇した。
 少年はフクロウの苦痛を解いてやろうと、大きい石で人間そっくりの形をしたフクロウの頭に一撃を加えて殺してしまった。少年の哀れみから発した善行であろうが、少年は最悪の気分に襲われた。そんなフクロウに対する「罪滅ぼし」が本書である。
 フクロウは「知恵と邪悪の象徴」としての二つの属性が優勢と劣勢を繰り返しながら、各国で異なったとらえ方をされてきたようだ。古代エジプトでは人間の魂とつながり、ギリシャでは神聖な生き物、ローマでは魔女の使いで死の象徴、中国では来世の案内者、南北アメリカでは死者の魂という具合に、フクロウはどうやら冥界と深く関わる魔力的な存在のようである。
 そんなフクロウはまた芸術家の格好のモチーフにもなり、ボス、デューラー、ミケランジェロ、ゴヤ、マグリットらがフクロウの魔術的呪術性に魅せられ、死や夜の闇や破壊や邪悪的なものの象徴としても描かれている。ピカソはフクロウを飼い、自画像のように描いているが、近代の画家は象徴としてのフクロウには無関心で、「フクロウはフクロウであり、フクロウであり、フクロウである……」(ガートルード・スタイン)とフクロウの歴史や神話や伝説とは無関係にフクロウのフォルム(形)の表現に徹している。
 そういえばピカソが描いたガートルード・スタインの肖像画の彼女は巨大フクロウのワシミミズクにその顔や体形がそっくり。ついでに長野五輪のフクロウのマスコットは「スポーツ会場より相撲の土俵の上」に似合うと、画家でもある著者は皮肉っている。
    ◇
 伊達淳訳、白水社・2730円/Desmond Morris 28年生まれ。英国の動物行動学者。『裸のサル』ほか。

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