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偶然完全―勝新太郎伝 [著]田崎健太

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2012年02月05日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■存在そのものが作品のような男

 昭和の名優・勝新太郎の評伝である。表紙写真の眼力(めぢから)も凄(すご)いが、タイトルに魅了される。「偶然完全」とは勝新太郎による造語だ。偶然の出会いから素晴らしい関係が生まれる。心構え抜きの偶然だからこそ、完全な関係になる。そう信じる勝は、人生にも芝居にも「偶然完全」を求め続けた。
 勝の伝記には、本人による自伝的著作『俺、勝新太郎』(廣済堂文庫)や山城新伍による『おこりんぼ さびしんぼ』(廣済堂文庫)などがあるが、本格的なものとしては春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書)しかなかった。本書は、晩年の勝と親交のあった著者によるものとしては初の評伝である。
 よく知られた映画「影武者」降板の黒澤明との確執や、大麻事件のエピソードも詳しく記されているが、個人的には勝が主演し演出した傑作刑事ドラマ「警視—K」の制作経緯が詳細に描かれているのが何よりうれしい。
 衣装やセットが常に新品で感情表出もパターン化された日本のテレビドラマにうんざりしていた評者にとって、セリフもろくに聴き取れず暴力シーンもやけにリアルなこのドラマは画期的だった。こんな実験的な作品が平日21時から放映されていたのも、昭和という時代の混沌(こんとん)ゆえか。
 勝は物語を脚本として構成せず、現場で即興的にせりふや場面を演出し、俳優の素の部分を取り込みながら、それを積み重ねていく手法を好んだ。それは従来にないリアルな質感を生み出したが、半面、制作進行は滞り、予算は超過しがちだった。結果、視聴率は低迷し番組は打ち切られてしまう。
 勝は著者に言う。「絶体絶命のところで遊びたい」と。広くて安全な「東海道」ではなく「行ってはいけない道」を行ってみたいのだ、と。莫大(ばくだい)な借金を抱えながら豪遊し、トラブルに巻き込まれても笑いのめす勝の生き方もまた、「偶然完全」をそのまま体現している。
 本書を読みつつ、評者はしきりに「北野武」のことを連想していた。北野が映画「座頭市」を撮ったのは偶然ではない。評者の考えでは、二人に共通するのは精神医学的には「中心気質」と呼ばれる資質だ。好奇心が旺盛で飽きっぽく、優れた身体能力とイマジネーションを持ち、動物的直感で「現在」を生きる。過剰なまでのサービス精神と万人を魅了する愛嬌(あいきょう)を発揮しながら、暗鬱(あんうつ)で暴力的な作品を作らずにはいられない。
 彼ら、「偶然完全」を生きる天才の居場所は、急速に失われつつある。その趨勢(すうせい)は止めようもないが、せめて記憶にはとどめておこう。勝新太郎という、存在そのものが作品のようなひとりの男が、かつてこの国にいたことを。
    ◇
 講談社・1995円/たざき・けんた 68年生まれ。ノンフィクション作家。サッカー、野球などスポーツを中心に手がける。『CUBA ユーウツな楽園』『W杯に群がる男たち』『辺境遊記』など。

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