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オオカミの護符 [著]小倉美恵子

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2012年02月05日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「土地の引力」を再発見する旅

 表紙のお札に惹(ひ)かれて本書を手に取った。強そうな顎(あご)と四肢を持つ黒い獣の上に、「武蔵国」「大口真神」と記されている。この獣は、100年以上前の目撃情報を最後として、絶滅したとされるニホンオオカミである。護符が貼られていたのは、神奈川県川崎市にある著者の家の蔵だ。
 川崎市といえば渋谷から私鉄で30分ほどの距離の住宅地、というイメージしかなかった私は、そこがかつて田畑に囲まれた「お百姓」の土地だったことを初めて知った。そんなところに、なぜオオカミの護符があるのか? 著者は、その謎を解明するために武蔵国の奥山へと分け入ることになる。
 オオカミは、作物を荒らすイノシシや鹿を退治する「益獣」として山の神と崇(あが)められ、聖なる山へ参る「講」という集団があることを、著者は突き止める。水や作物といった生命の源を育む山と、人々の深い関わりを示す慣習に出会ってゆく「旅」の過程に同行しているような気分になる、臨場感溢(あふ)れた筆致がいい。
 何の先入観もないまま信仰の山へ飛び込んだ著者のみずみずしい喜びが、読み手の心にストレートに響いてくる。それは、著者が最も身近にある土地の生活史を丁寧に掘り起こしたためだろう。生きてゆくために必要なものは神によってもたらされ、人は感謝の意を儀礼で表す。近代の国家神道以前、カミと人との生活はこうしたものだった。
 ややもすれば「昔はよかった」というメッセージに受け取られがちなテーマだが、「生まれ育った土地の引力」を再発見するという、自分史と地域史との関わりを重視する姿勢がそれを回避している。
 公の記録や歴史書に残りにくい民衆の営みの記録は貴重である。著者は同名で映画も作っているが、こちらもぜひおすすめしたい。東京という大都会だけが日本ではない。「もう一つの日本」は、あなたのすぐそばにもあるのだ。
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 新潮社・1575円/おぐら・みえこ 63年生まれ。00年から地元の映像を記録、映画2本を製作している。

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