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失われた二〇世紀(上・下) [著]トニー・ジャット

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2012年02月12日

[ジャンル]歴史 人文

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■野蛮と悲劇の時代、知識人たちの航海

 ヴァルター・ベンヤミンは「プルーストのイメージについて」で「無意志的記憶」について語っているが、本書はまさしく「追想を横糸に、忘却を縦糸としてなされる、自発的想起」による20世紀の物語である。
 それにしても、どうして過去の世紀を想起する必要があるのか。わたしたちは20世紀から新しい世紀に乗り換える際に、野蛮と悲劇に満ちた「妄想の時代」から完全に抜け出したはずではないのか。ジャットの答えはノーだ。彼によれば、新しい世紀が「自由」という単純で眉唾(まゆつば)ものの妄想に取りつかれ、世界的規模で20世紀と同じような悲劇と苦しみ、憎悪と絶望をまき散らしているからである。
 では、「自由」という「妄想」がまるでゴルディオスの結び目を断ち切るような万能薬とみなされることで、何が失われることになったのか。国家、とくに福祉国家が失われることになった。それは、暴力や戦争に対する「予防のための国家」だったはずなのに、今や、非効率の元凶、市場経済の障壁とみなされるようになったのだ。だがそれによって、不安定で、排除され、貧しい人々の数は著しく大きくなり、再び社会問題が浮上するようになった。かつてのファシズムや共産主義が台頭する時と同じような社会の温床が形作られつつあるのだ。
 他方で、「自由」という妄想に駆動されたアメリカは、無謀なイラク戦争にみられるように、「悪」の観念を濫用(らんよう)し、テロリズムを道徳的なカテゴリーへ、「グローバルな宿敵へと高め」、世界の荒廃をもたらすことになった。しかも、現実的な「リベラル派の机上の戦士たち」は、「旧左翼の最悪の特徴」を再現するように、イスラエル擁護を支持し、残忍な政策をおおいかくすための「倫理的ないちじくの葉」をさしだしたのである。「悪」の問題に深い洞察を残した20世紀の知識人、ハンナ・アーレントならば、これらの「戦士たち」をきっと「有用な間抜けども」と呼んだに違いない。
 そう、新しい世紀で消滅したのは、彼女のような知識人だったのだ。アーレントを含めて、アーサー・ケストラーからエドワード・サイードまで、上巻に収められた20世紀の知識人たちの何と輝いていることか。とくに、ケストラーやプリーモ・レーヴィ、マネス・シュペルバーなど、東欧や中欧のユダヤ系の「根なし草の『世紀の航海者たち』」を描いた件(くだり)は味わい深い。
 ジャットはある意味で、そうした航海者たちの末裔(まつえい)なのかもしれない。病に斃(たお)れなければ、きっとエリック・ホブズボームと並ぶ歴史家に大成していたかもしれない。残念でならない。
    ◇
 河野真太郎ほか訳、NTT出版・上巻2940円、下巻3360円/Tony Judt 1948~2010年。歴史家。ロンドンに生まれ、ニューヨーク大教授となる。『ヨーロッパ戦後史(上下)』『荒廃する世界のなかで』など。

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