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トライアウト [著]藤岡陽子

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2012年02月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ドラマ引き立てる個性的な脇役

 主人公は、新聞社に勤める未婚の母、久平(ひさひら)可南子。
 かつて、社会部に在籍中スキャンダルに巻き込まれ、内勤に回されていた可南子が、9年ぶりに突然現場の運動部に、異動命令を受けるところから物語が始まる。
 可南子には、8歳になる息子、考太がいる。物語は、野球界を舞台に進行するが、やがてその考太が可南子のスキャンダルと、なんらかの関わりがあることが、ほのめかされる。可南子の視点で書かれながら、彼女はいかにも思わせぶりに、その秘密をにおわせるだけで、詳しく明かそうとしない。それが、ミステリー的な興味を呼んで、物語を引っ張る力になるのだが、作中人物は真相を知っているのに、読者だけがなかなか知らされない展開は少しばかりもどかしい。
 〈トライアウト〉というタイトルは、主要人物の一人でベテランの投手、深澤翔介の再起への戦いと同時に、可南子自身の人生の再出発をも暗示している。可南子の生き方は、仕事においても父母や妹との関係においても、頑固で独りよがりなところが多く、かならずしも読者の共感を呼ばないだろう。それも、著者の計算のうちならば、不満をいう筋合いはない。
 その分、周囲に個性的な脇役が集まり、ドラマを引き立てる。まず、息子の考太がいい。小説に描かれる子供は、妙におとなびるきらいがあるが、考太にはそうしたいやみがない。可南子の妹、柚奈(ゆずな)も今風のドライな性格に見えながら、その底にやさしさを秘めた、魅力的な女に描かれている。最後に明かされる秘密は、いささか作りすぎの感もあるが、可南子に好意を寄せる深澤の存在が、その不自然さをカバーする。深澤によって、可南子のかたくなさや思い込みの強さが、しだいに和らぐ過程がよい。
 いずれにせよ、この小説はむしろ考太少年の成長小説として読むべきかもしれない。
    ◇
 光文社・1575円/ふじおか・ようこ 71年生まれ。09年、看護学校が舞台の『いつまでも白い羽根』でデビュー。

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