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写真の秘密 [著]ロジェ・グルニエ

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2012年02月19日

[ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■老作家が綴る言葉のアルバム

 つい最近、米イーストマン・コダック社の経営破綻(はたん)が発表されて、落胆の念を拭えなかった。というのも、自分はいまだにアナログの中判カメラを使っており、今日までカラーネガフィルムを愛用してきたからだ。
 本書は、フィルムを世界で初めて売り出した、そのコダックのエピソードから始まる。今年93歳になる著者は、アルベール・カミュの同僚として「コンバ」紙で報道記者をしていた。子どもの頃からカメラ好きで、フィルム現像も見よう見まねで覚えたという彼が、秘密の打ち明け話を耳元で囁(ささや)くように綴(つづ)ったのが本書である。写真について語るという行為が、自らの来歴を振り返り、一時代を明確に浮かび上がらせることへ繋(つな)がっていくのが面白い。
 「だれかを写真に撮ることは、その人物を少しばかり奪い取ることにほかならない」と吐露する彼は、撮影という行為の根源に備わっているエゴイズムや欲望を十全に理解しつつ、写真の本質に迫っていく。ユーモアを交え好々爺(こうこうや)のように語りながら、しかし時折ナイフの刃をちらつかせるような文章は、まさに老練というにふさわしい。
 売春街で撮った写真をブラッサイが引き伸ばしてくれたこと。ウィージーのギャング写真について。写真家集団マグナムのインゲ・モラスによる、写真を撮るやましさの告白。報道記者やカメラマンの姿勢に関する冷静な持論……。こうした数多(あまた)のエピソードは、味気ない写真史を立体的に立ち上がらせるサブテキストとしても興味深い。
 一枚のCD—ROMに何百枚もの写真が収まっているという今では当然の事実に驚きを表明してしまう老作家の素朴なエッセーは、ノスタルジーそのものかもしれない。ただ、本書が言葉による写真アルバムという性質を帯びているとするならば、時代の一記録として普遍的な価値を持つに至ることは間違いない。
    ◇
宮下志朗訳、みすず書房・2730円/Roger Grenier 19年生まれ。『ユリシーズの涙』『別離のとき』

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