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共喰い [著]田中慎弥

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2012年02月19日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■豪雨の前、父と息子に高まる緊張

 いま話題の芥川賞受賞作を収めた一冊。表題作は70ページほどの短編だが、長編小説のような読みごたえだ。
 河口付近の集落が舞台になっている。女性の「割れ目」に喩(たと)えられる川には、生活排水が流れ込み、悪臭もひどく、土地の停滞ぶりを体現している。そんな土地で生きる17歳の高校生男子が主人公だが、設定は寓話(ぐうわ)的に整理されている。主人公と父と母がいて、女(主人公の女・父の女・娼婦<しょうふ>の三パターン)がいる。あとは地霊のように現れる土地の子どもたち。同性の友人は一人も出てこず、学校の描写もない。主人公を悩ますのは集団のなかの個の問題ではなく、もっと根源的な、父の呪いともいうべき性と暴力の問題である。具体的にいえば、女と交わる際に必ず暴力を振るってしまう父のサディズムが、自分にも受け継がれているのではないかという恐怖と、にもかかわらず抑えがたい、年相応の性欲のせめぎ合いだ。
 父と息子の葛藤といえば、古代からのテーマ。ゼウス、あるいはオイディプスの物語が思い浮かぶ。本作の「川辺」の閉じた世界にも、一種神話的な要素が感じられる。
 昭和63年という設定だから携帯電話はなく、ゲーム機もテレビも主人公宅にはないかのように言及されない。閉塞(へいそく)感、将来の不透明さ。この土地を出て行きたいと焦りつつ(「こういうとこで生きとるうちは何やっても駄目やけ。どんだけ頑張って生きとっても、最終的にはなんもかんも川に吸い取られる気ィする。」)、不確実な未来を前に、彼のなかで緊張だけが最高潮に達していく。
 干上がった川が豪雨によって相貌(そうぼう)を一変させると同時に、大団円が訪れる。このクライマックスの描写がすばらしい。氾濫(はんらん)する川、橋の上の父母、「父の息子」としての「業」を断ち切ろうとする瞬間。鮮やかな場面が記憶に刻まれ、嵐になぎ倒されたような読後感が残った。
    ◇
集英社・1050円/たなか・しんや 72年生まれ。作家。本書表題作で第146回芥川賞。

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