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日中百年の群像 革命いまだ成らず 上・下 [著]譚ロ美

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年02月26日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■大動乱の主役たち、己の人生を投じる

 日清戦争に敗れ、老大国・清は末期へと向かった。広州で武装蜂起を企てた若き革命家が孫文である。失敗を重ねつつ、辛亥革命から中華民国成立にこぎ着ける。本書は、明治中期から大正期にかけて中国大陸動乱の時代を生きた日中の群像を描く大部の書である。
 孫文は広東省の人。少年期、兄の移民先ハワイで暮らし、香港で医師となる。清朝を滅ぼし漢民族を復興させる「滅満興漢(めつまんこうかん)」、さらに民族・民権・民生を尊ぶ「三民主義」を掲げ、秀でた人格と雄弁によってカリスマ性を帯びた不屈の革命家となっていく。
 蜂起が挫折するたびに孫文は国外へ逃れるが、欧州、北米、東南アジア各国の華僑たちがスポンサーとなって彼を助けた。「華僑は革命の母」であった。とりわけ日本は、支援者たちが群れを成す、捲土(けんど)重来を期す地であった。
 孫文の盟友で「アジア主義者」の宮崎滔天、惜しみなく資産を投じた貿易商・梅屋庄吉、中国通の政治家・犬養毅、玄洋社の巨魁(きょかい)・頭山満、黒龍会の内田良平、自由民権運動出身の萱野長知、「大陸浪人」の末永節(みさお)などなど。主義主張はともあれ、明治維新の余熱を残す壮士たちであった。
 当時、中国に映っていた日本は、いちはやく近代を実現した、見習うべき隣国だった。孫文はもとより、黄興、宋教仁、章炳麟、汪兆銘、蒋介石ら、また清朝の革新官僚というべき康有為、梁啓超など、動乱の主役たちはいずれも在日歴をもっている。一時期、日本への留学生は万を超えていた。「安・近・単(簡単)」なる留学地で学んだ若者たちがまた、帰国後、国事に奔走した。
 著者は東京生まれの中国人女性である。父は早大への留学経験をもつ革命運動の参加者で、のち国民政府外交部に籍を置いたとある。母方には日本の陸軍中将や草創期の中国共産党幹部もいたとか。本書は日中両国の原資料を丹念にあたって、下の世代の視点で物語がつづられている。
 本書を読みつつ、日清戦争の勃発時、勝海舟が発した言葉が幾度もよぎった。勝は戦争に「大反対」した。「兄弟げんかなど犬も食わない」という理由からである。日中を〈兄弟〉と思っていた世代と人々がいた。国家間という意味ではない。孫文に対しても、日本政府は大陸戦略という観点から、ときにもてなし、ときに冷徹に対処した。兄弟感を抱いていたのは、野にあった人々である。
 昭和に入って暗黒の戦争期に突入し、親近感は双方ともに帳消しされた。けれども一世紀前に、幻であれ、革命の二文字と夢に惹(ひ)かれて己の人生を投じた人々がいたことを記憶にとどめたい。日中関係の現在と未来のためにも。
    ◇
 新潮社・各1680円/たん・ろみ ノンフィクション作家。東京生まれ。本籍は中国広東省高明県。著書に『中国共産党を作った13人』『新華僑老華僑』『阿片の中国史』『中国共産党 葬られた歴史』『中華料理四千年』など。

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