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ポルノグラファー [著]ジョン・マクガハン

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2012年02月26日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ねじれたモラルからの解放と成長

 “僕”はこれといって取りえのない、30歳のポルノ小説家。アイルランドの首都ダブリンに住んでいる。早くに両親を亡くし、伯父と伯母に育てられた。気丈な伯母は癌(がん)で入退院を繰り返しているが、もう長くはなさそうだ。
 “僕”はダンスホールで知り合った年上の女性とその日のうちに関係し、その後もずるずると逢瀬(おうせ)を重ねる。なぜか彼女は“僕”に夢中になり、やがて妊娠する。結婚するつもりはないと何度も念を押す“僕”にかまわず彼女は一人ロンドンで出産。“僕”は彼女に会いに行くが、子供だけは決して受け入れまいとする。
 この小説の発表が1979年のアイルランドであることを念頭に置こう。国民の9割近くがカトリックのこの国では、近代化と因習、個人主義と家族主義の葛藤が前景化しつつあった。中絶も離婚も容認されない国で、ポルノ作家であることは何を意味するか。もはやまともな職にはつけないというシニシズムと、表現を通じて承認されたいプライドとの葛藤が、“僕”のねじれたモラルを形づくる。
 “僕”が書くポルノ小説の安っぽい性描写と、“僕”自身が重ねるセックスの抑制的で生々しい描写の対比が繰り返されるが、ここにはマクガハン自身の自意識の葛藤が直接的に投影されている。
 すべてに心を閉ざしたかにみえる“僕”は、伯母の死によって「解放」される。自分が「正しい注意を払ってこなかったのだ。選ぶためのエネルギーがあまりにも苦痛を伴うように感じられたのだ。恋に破れ、背中を向け、想像の光をほとんど出し切って」いたことに気づくのだ。
 この土地で生きていくことを決意する僕は、祈りとともに車のスピードを上げ、道に呼びかける。死者を含む人々の関係性が青年を成長させるラストには、アイルランドの偉大な先達であるジョイス『ダブリン市民』の残響がかすかに響いている。
    ◇
豊田淳訳、国書刊行会・2520円/John McGahern 34年アイルランド生まれ。作家。

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