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検証 福島原発事故・記者会見―東電・政府は何を隠したのか [著]日隅一雄、木野龍逸

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2012年03月04日

[ジャンル]社会

表紙画像

■民主主義と相容れぬ情報独占

 東日本大震災発生翌日の昨年3月12日午後2時ごろ、原子力安全・保安院の審議官は東京電力福島第一原発について、記者会見でこう語った。
 「炉心の燃料が溶け出しているとみてよい」「炉心溶融でしか考えられないことが起きている」
 この審議官は、同日夜の記者会見から説明役をはずれた。13日夕から登場した経産省の審議官は、炉心溶融を否定。当初は溶融の可能性を否定しなかった東電も、4月6日以降、炉心溶融ではなく「炉心損傷」だと説明した。
 東電がメルトダウンを認めたのは、事故発生から2カ月後の5月12日のことだった。
 東電と政府の記者会見で、何が語られ、何が語られなかったか。本書はそれを具体的に検証する。情報をできるだけ出すまいとする(そうとしか考えられない)東電、政府と報道陣の間でどんな応酬があったのか、メディアは事故をどう報じてきたのか。それらを知るうえで、たいへん有益な本だ。
 読み終えて、米スリーマイル島原発事故について論じた朝日新聞社説(1979年4月8日付)を思い起こした。
 「関係者が、できるだけ事故を過小評価しようとしたため、かえって(米国の)国民の間に原子力に対する不信感を広げてしまったこと」が「重大な教訓」だ、と社説は述べた。
 当時、日本の原子力関係者は「このような事故は日本では起こりえない」などと力説するばかりで、謙虚に事故に学ぶ姿勢は乏しかった。そして今回、東電も政府も、同じ過ちを繰り返した。
 原発に関する情報は電力会社や政府が独占している。原発の安全性をチェックするはずの保安院が、実は電力会社と一体であることを本書は明らかにする。
 情報隠しを常とする原発は民主主義社会と相容(い)れぬ存在なのではないか。そんな疑問が浮かび上がってくる。
    ◇
 岩波書店・1890円/ひずみ・かずお 63年生まれ。弁護士▽きの・りゅういち 66年生まれ。フリーライター。

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