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わたしの小さな古本屋―倉敷「蟲文庫」に流れるやさしい時間 [著]田中美穂

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2012年03月11日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■居場所見つけた、しなやかな強さ

 実は以前から知ってはいたのです、倉敷にある蟲文庫のことは。女性古書店主ばかり13人を取材した岡崎武志『女子の古本屋』(ちくま文庫)で田中美穂さんの写真を見たときから、気になっていました。少女のまま大きくなったように見える田中さんが、男社会の古書店業界でどのように生きているのだろうと。
 偏屈なおじさんが帳場でにらみをきかせているような古書店が多いですが、最近は、若い店主が自分の目でセレクトした品揃(ぞろ)えを誇る個性的な店が増えてきました。田中さんのお店もその一つ。天球儀や置物が並ぶゆったりとした空間は、「なんで本がたくさんあるんですか?」と問う人がいたというエピソードがあるほど古本屋らしくない。
 会社を辞めた日、古本屋になろうと思った。田中さんはそう綴(つづ)ります。集団生活になじめず「心身の成長が遅く、愚図(ぐず)と言われ続けた」という田中さんは、店を借り、本棚を自作し、手持ちの本だけで古本屋を始めてしまったのです。時には店の赤字を補うためにアルバイトまでして。それは、店が自分にとってもっとも居心地のよい場所であることを知ってしまったからでした。
 本を扱う仕事は体力が必要です。そのうえ、若い女性は甘く見られる。決してやりやすいものではありません。そうした問題を、自分の速度で一つ一つクリアしてきたからこそ、今がある。本のタイトルは甘めですが、内容は甘いものではありません。
 でも、田中さんの語る口調はまったく気負いがありません。文章の各所に、苔(こけ)のようにひっそりと印象的なフレーズが光ります。ともに暮らす猫や亀を見つめ、「人とはまるで違う摂理の生き物」の存在を心強く感じ、苔の観察で、日常からこぼれた事柄に向かい合う「少し痛みのある過程」を学ぶ。自分の居場所を見つけた人の、しなやかな強さに惹(ひ)かれます。
    ◇
 洋泉社・1470円/たなか・みほ 72年生まれ。岡山県倉敷市の古本屋「蟲文庫」の店主。著書『苔とあるく』。

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