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チャイナ・ミエヴィル「都市と都市」書評 「認識の壁」生む奇妙な平行世界

評者: 朝日新聞読書面 / 朝⽇新聞掲載:2012年03月18日
都市と都市 (ハヤカワ文庫 SF) 著者:チャイナ・ミエヴィル 出版社:早川書房 ジャンル:SF・ミステリー・ホラー

ISBN: 9784150118358
発売⽇:
サイズ: 16cm/526p

都市と都市 [著]チャイナ・ミエヴィル

 SFにおいて、この世界とぴったり重なるようにもう一つの平行世界が存在するという「多重世界」設定は定番中の定番だ。しかし、こんな奇妙な平行世界モノは読んだことがない。
 舞台となるのはバルカン半島あたりに位置する二つの都市国家、〈べジェル〉と〈ウル・コーマ〉。地理的にはほぼ同じ位置を占める二つの国は、ミルフィーユ状に領土が重ね合わされている。領土間にベルリンのような「壁」はないが、代わりに“認識の壁”があるのだ。
 それぞれの国民は、互いに相手の国が存在しないように振る舞わなくてはならない。ベジェル国民はウル・コーマの住民や建物、車を認識することを禁じられ、逆もまた然(しか)りだ。訓練によって半自動的な「失認」状態を作りだし、それによって“国境”が維持される。
 それでも時々違法な“越境”は起こる。それを取り締まるのが謎の組織「ブリーチ」だ。認識上の国境を侵犯したものは、ただちにブリーチによっていずこかへ拉致されてしまう。ブリーチへの恐怖によって“国境”は維持されるだろう。
 この奇妙な場所で殺人事件が起こる。べジェル警察のティアドール・ボルル警部補は、この“国際犯罪”の犯人を追いつつ、第三の空間の謎に接近していく。ボルルが逃走する犯人を追うシーンは、同じ道を走る両者が、実際にはそれぞれの国の領土しか走れないという、設定が最大限に活(い)かされたクライマックスになっている。
 ミステリとしても十分に面白いが、しかし本作の醍醐味(だいごみ)は、精神医学的には「解離」のメカニズムの政治的応用という、すぐれてSF的な設定にある。本作がヒューゴー賞をはじめ、SF関係の賞をいくつも受賞したのもうなずける。政治的な失認に甘んずることへの戒めとしても、今読んでおきたい一冊である。
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 日暮雅通訳、ハヤカワ文庫・1050円/China Mieville 72年イギリス生まれ。作家。『アンランダン』など。