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安部公房の都市 [著]苅部直

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2012年03月25日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■廃墟を取り込み、変転する都市像

 『安部公房の都市』。サブタイトルはない。帯には「人気政治学者が読み解く」とある。少しでも安部作品の評論を読んだことがある人なら、手に取るのをためらうかもしれない。安部作品における都市の問題は、すでにいくつもの論があるからだ。いまさら、何か新しい発見があるのか?
 著者が安部作品と出会ったのは、小学生の頃、『人間そっくり』か『第四間氷期』のどちらかをSFとして読んだのが最初だという。これは私も同じ体験を有している。安部が満州からの引き揚げ者であることも、共産党員だったことも知らず、無邪気に安部と邂逅(かいこう)してしまうのは、60年代生まれの特徴であろう。高度経済成長のただ中、変貌(へんぼう)した後の都市しか知らない世代が安部作品をどう読むのか、という点がまず関心をひく。
 本書では、安部の中期に位置づけられる作品が中心に論じられる。たとえば、都市の無名性に埋没し自分を見失ってゆく男が主人公の『燃えつきた地図』は、前田愛が『都市空間のなかの文学』で取り上げたように、まさに「都市」でしか成り立ち得ない作品とされてきた。しかし著者の読みは、都市の無機性や迷路的な様相よりも、常に流動する都市に着目する。新しいものはすぐに「廃棄物」と化し、都市は「廃墟(はいきょ)」を内に取り込みながら変転を繰り返すしかないのである。
 安部作品における「廃墟」や「ゴミ」への指向を満州体験に結びつけてゆくくだりは、本書で最も興味深い部分であろう。奉天(瀋陽)で育った安部は、支配者である日本人が暮らす租界を一歩出れば、荒涼とした原野が広がっていた、と回想している。都市は、恐怖と魅惑に満ちた空間と隣り合って存在した。それが都市の中の「廃墟」とつながっていることを、著者は『けものたちは故郷をめざす』などの作品によって解読してゆく。
 また、安部の唯一の歴史小説である『榎本武揚』を3章にわたって論じている箇所も読み応えがある。幕臣から箱館戦争を経て新政府の官僚になった榎本武揚に、共産党離脱という安部の「転向」を重ねて読まれることが多かったこの小説を、信じるべき秩序が崩壊した後の物語として読み直す作業には、著者の政治学者としての視点がよく生かされている。
 「何らかの発展史として語られる歴史は、常に勝者の歴史」であるが、敗者の歴史は「史料の断片のままに放置」される、と著者は言う。放置された断片は「廃棄物」として都市に散在するが、それを箱の中に入って失踪する人間の物語へとつなげてゆくのは面白い。
 律義なまでに先行研究に配慮する態度がかえって著者の筆の伸びを妨げているのが、少し不満だ。
    ◇
 講談社・1785円/かるべ・ただし 65年生まれ。東京大学法学部教授。専門は日本政治思想史。著書に『丸山眞男 リベラリストの肖像』(サントリー学芸賞)、『鏡のなかの薄明』(毎日書評賞)、『光の領国 和辻哲郎』などがある。

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