図説 尻叩きの文化史 [著]ジャン・フェクサス

[評者]石川直樹(写真家・作家)  [掲載]2012年03月25日   [ジャンル]歴史 

■愛と人間味にじみ出る奇書

 奇書である。先日、野村萬斎氏が演出した『サド侯爵夫人』(三島由紀夫原作)を観劇し、その余韻のなかで本書を手に取った。タイトルに「図説」と銘打たれているとおり、古今東西の尻叩きに関する図版が豊富で、それらを概観するだけでも、この本のぶっ飛び具合が伝わってくる。
 著者は元弁護士で、「エル」や「フィガロ」といった女性誌のイラストレーターの仕事をこなし、かつては警察官でもあったという変わり種である。彼の著作の一つ『おなら大全』は、故・米原万里さんが以前書評を書いていたので覚えている。熱心な性の探求者で、しかもマニアックな性格を持ち合わせていることは、多くの図版の提供者に自身の名を挙げていることからもうかがえる。努めて上品かつ生真面目に分析しつつも、書き手の嗜好(しこう)や気持ちがページの随所に滲(にじ)み出しているのが面白い。そうした人間味が垣間見られるからこそ、奇抜なテーマを扱いながら、読み手を不快にさせないのだ。
 子どもへのお仕置き、性愛行為、刑罰、宗教上の鞭打(むちう)ちなど、歴史上のあらゆる尻叩きが取り上げられるのだが、難しい理念をこねくりまわすのではなく、具体例のオンパレードであるがゆえに極めて明快だった。ただ、現代の尻叩きについて触れる最終章では、それまでかろうじて保たれてきた著者の抑制が利かなくなっている節がある。例えば「尻叩きの音は多くの建物内で最新の流行になっている。どのリズムもテクノのリズムに取って代わりうるような音である」という冒頭の文章には、納得しかねる。カバノキ製の鞭の長所を述べられても、もはや普通の読者はついていけないだろう……。
 尻叩きの効用について、「万能薬、あるいはそれに近いもの」と言い切ってしまう著者の、尻叩きへの愛情はどこまでも深い。人間の計り知れない欲望を露(あらわ)にする、愛すべき奇書である。
    ◇
 大塚宏子訳、原書房・3360円/Jean Feixas フランス人。とっぴなものの収集家。『うんち大全』

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