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なみだふるはな [著]石牟礼道子、藤原新也

[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)

[掲載]2012年04月01日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■もの言わぬ山や川、沈黙滲ませる言葉

 もちろん言の葉は繁茂しなくてはいけない。絶えてはいけない。しかし、カリウムと間違えてセシウムを取り込んでしまった葉のような、妙に大きく色濃くなった葉のような、そんな言葉ばかりが目に、耳につかないか。不安がつのる。そんな葉のあいだから美しい花が咲くのだろうか。もの言えぬ人たちの、もの言わぬ山や川や畑の沈黙を滲(にじ)ませて、やさしくそよぐ言の葉はどこにあるのか。
 そんなとき、この本を開く。声が聞こえてくる。震災後すぐに被災地に入った写真家、藤原新也が語りかける相手は、戦後文学の傑作『苦海浄土』で水俣病の悲惨を描いた石牟礼道子。作家でもある藤原は、イメージや言葉などはるかに凌駕(りょうが)する圧倒的な現実があることを誰よりも知っている。しかしだからこそ写真を撮り、言葉を紡がねばならない。こんな未曽有の現実を出来(しゅったい)させてしまったこの国の近代化とは何だったのか。やはり近代化が生んだもう一つの悲劇、水俣の経験を石牟礼に問い尋ねながら藤原は考える。
 苦しみや悪が、「善や優しさという人間の側面を一層磨いてくれる」。被災地で出会った人々のことを思いながら希望を抱く一方で、「人災では憎しみのような人の心のネガティブな面が膨大化する」と言う藤原は、自分の力では統御できないものを生み出した人間は滅びてもしかたないという絶望を完全に振り払うこともできない。
 怒りと悲しみに揺れる緊張に満ちた藤原の言葉を、路傍や野辺の草の葉が風や光、動物たちの呼吸を受けとめるように、石牟礼の言葉はやわらかく、温かく、静かに受けいれる。彼女が語る幼い頃の水俣の風景は、それがもはや記憶のなかにしか存在しないがゆえに、貴く美しい。石牟礼の言の葉には、きれいな土や水がついている。複雑な波音を奏でる石垣造りの防波堤。三角頭を波間に出して、お日様に手を合わせるタチウオの群れ。人間が他の生き物だけではなく、見えないものの存在をもたしかに感じていた世界。
 しかし近代化は、人のように心を持ち私たちのすぐそばにいたこの目に見えぬ存在を追放し、その代わりに、同じように目には見えないけれど、もっと恐ろしい非人間的なものを連れてきた。それが水俣を、福島を汚染し、多くの人々から故郷の海と山を奪い取ってしまった。「植物、動物、生きているものは千草百草、全部呼吸をしている。その呼吸を人間の力でできなくさせている。人間しかいたしませんもの。そんなこと」
 本を閉じてもなお石牟礼が聴いた水俣病患者の言葉が耳から離れない。「知らんということがいちばんの罪。それで、知らん人たちのためにも、自分のためにも祈ります」
    ◇
 河出書房新社・1995円/いしむれ・みちこ 27年生まれ。作家。『苦海浄土(三部作)』『はにかみの国——石牟礼道子全詩集』など▽ふじわら・しんや 44年生まれ。写真家・作家。『メメント・モリ』『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』など。

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