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テングザル―河と生きるサル [著]松田一希

[評者]川端裕人(作家)

[掲載]2012年04月01日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■がむしゃらに 現場からの発見

 テングザルという長い鼻を持つ猿が東南アジア・ボルネオ島の森に棲(す)んでいる。川の近くで寝起きし、水かきを上手に使って対岸まで泳ぐ「川の猿」だ。牛のような「前胃」を持ち、葉を効率的に消化できる反面、甘い物を食べるとガスが大量発生し胃が膨張して死んでしまう等々、話題には事欠かない。その実、野生の様子がほとんど知られていない謎の猿でもあった。本書は、2005年からテングザルを研究する若き霊長類学者からの現場報告。
 研究手法は日本の霊長類学のお家芸「個体識別法」だ。1頭1頭、見分けて行動を記録する。著者は「ベジータ群」という群れ(名前を「ドラゴンボール」からとっている)を中心に初年だけで3500時間もの観察に成功し、数々の新事実を明らかにした。
 例えば——従来言われていたよりはるかに多様な植物を食べ、中には果実(甘くない未熟なもの)も含まれること。森の中での行動は……日中の4分の3も休んでいること(消化のために必要らしい)。霊長類ではじめて牛のような反芻(はんすう)行動を確認したり、中型ネコ・ウンピョウによる捕食を直接確認したり等々、長時間観察それ自体の強みを活(い)かしつつ、さらに「運という名の必然」(フィールドに出ないと、特別な瞬間に出会う可能性はゼロ)に導かれ、新発見の論文を発表している。
 順風満帆に見えるが、背景には泥臭いがむしゃらさがある。ボルネオで調査地に赴くや、8キロにもわたる観察路を切り拓(ひら)く。見分けるのが難しかったメスの識別法をさんざん観察した上で確立する。ヒルやダニだらけの森で、ハチに刺され、ゾウに追われ、洪水の時期もワニを警戒しつつ水に浸って観察を続ける。結果、手にしたデータを使って結論に迫る様は、推理小説を読むような知的興奮をかきたてる。動物学に限らず、現場(フィールド)で活躍したいすべての人に推したい。
    ◇
 東海大学出版会・2100円/まつだ・いっき 78年生まれ。京都大学霊長類研究所特定助教。

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