書評・最新書評

煩悶青年と女学生の文学誌 [著]平石典子/学校制服の文化史 [著]難波知子

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年04月08日

[ジャンル]歴史 教育

表紙画像

■明治日本学徒の外見と内実解析

 期せずして同時期に近代日本(特に明治)の青年学徒の外見(制服)とその内実(精神)を解析する書が刊行された。両書とも研究書ではあるが、しかし平石書は明治の青年男女の内実が文学にどう現れているか、その文学作品が社会にどう受け止められたかを内外の作品を例に巧みに説明する。難波書はその間の女学生の制服変遷史でもある。
 平石書は冒頭の煩悶(はんもん)青年を論じた章で、まず明治36年に華厳の滝から投身自殺した一高生藤村操(みさお)の「巌頭(がんとう)之感」を説く。新しい時代に知識人たらんとする青年の自己への問いかけは煩悶という語を「社会問題のレベルに引き上げ、当時の日本に煩悶の流行を生み出した」という。操の死後、5年の間に40人の自殺者と67人の未遂者が出たそうだ。著者はこのような煩悶を文学史的に分析し、ロシア文学への関心と結びつける。小栗風葉の『青春』の主人公が煩悶する様はツルゲーネフの『ルージン』が下敷きだと指摘する。
 さらに著者独自の見方で、「女学生」「新しい男」「女たち」などの存在が文学にどう反映しているかを解く方程式を示している。その論の進め方がいかにも現代的でわかりやすい。
 明治20年代には、「女学生」は文学の重要な登場人物になる。その像がどのように造形されたかを尾崎紅葉の『風流京人形』や山田美妙の『花ぐるま』を引いて明かす。新聞には女学生のふしだらな恋愛が報じられるが、それを小杉天外の『魔風恋風』で示して、堕落がキーワードだと分析する(この作品は難波書でも紹介されている)。明治中期から後期にかけて、女学生の社会での自立のつまずき、島崎藤村の『老嬢』の夏子の末路などは、まさにそういう時代が書かせた作品だったのだ。
 平石書が明治期社会と文学作品の間を往来するのは、近代文学の現実への訴求力と海外文学の影響力を確かめるためだ。明治後期に起こったダンヌンツィオ(イタリアの作家)ブーム、その背景にある、「新しい男」のモデルを求める日本の作家たちの作品紹介は説得力がある。
 平石書の理解を深める意味でも難波書は貴重である。あるいは難波書は平石書の持つ訴求力を別な次元から追求したともいえる。明治期から昭和のある時期までの女学生の制服は知的イメージの具現化であるにせよ、そこには当然、社会史的な見方も持ちこまれるべきだ。著者は全国の女学校を調べて論じるのだが、制服の定義や制服史の重要ポイントは袴(はかま)の採用と徽章(きしょう)の着用という指摘は納得できる。大正自由主義教育の実践者与謝野晶子の「個人性の没却」などの制服批判も今に通じている。
    ◇
 『煩悶青年』新曜社・4410円/ひらいし・のりこ 67年生まれ。筑波大准教授(比較文学)。共著に『日本文学の「女性性」』など。『学校制服』創元社・5040円/なんば・ともこ 80年生まれ。お茶の水女子大常勤研究員(比較社会文化学)。

関連記事

ページトップへ戻る