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相田家のグッドバイ [著]森博嗣

[評者]川端裕人(作家)

[掲載]2012年04月08日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■親の老い、乾いた筆致で描く

 かつて揺るぎなく見え「お手本」として導いてくれた親がいつの間にか「弱く」なりむしろこちらが保護者だと気づく瞬間がある。その発見はわりと唐突に訪れる。衰えていく父母を見送る過程で、自分自身の育ちを相対化し家族観・世界観に修正を余儀なくされることも。核家族が普通になって祖父母の老いや死を間近に見てこなかったこともあり、我々の多くが年長者の衰えに「慣れていない」からなおさらだ。本作は現代の我々の社会で普遍的と思われる、しかし、あまり語られないことを、とびきり乾いた筆致で掬(すく)い上げる。
 作中の両親はいずれも一風変わった人々として描かれる。父は、何事にも「理屈が必要」と考えており、例えば二輪車での事故を「二輪故のスリップ」と原因確定すると、自分にも息子にも二輪車を禁じる。同じ過ちを繰り返さない。著者のミステリー作品の登場人物のような思考パターンを示す。一方、母は、家から可燃ゴミ以外、一切外に出さずにため込む。工夫して高密度に収納し、それでもスペースは必要で家をどんどん建て増すことになる。銀行の印鑑や現金などは、収納物の隙間に隠される。ミステリー作品の舞台になりそうな収納屋敷のあるじである。
 息子と両親の関係の移り変わり、両親の老い、衰え、病気、死、その後の「リセット」が語られる。息子は当初、自分の親が変わっていると認識できないほど「当たり前」に感じていたが、結婚を機に(これは究極の異文化交流だ)認めざるを得ない。両親の死で一つのサイクルが終わり、両親の子であった自分も「家」もリセットされ「自然な状態」に至る。
 淡々とした筆致であり、感動を押しつける作品ではない。しかし「言葉にされなかった大切なこと」が独特の論理性、合理性のもとに示され、読む者の心にひたひたと寄せる漣(さざなみ)を感じさせる。
    ◇
 幻冬舎・1575円/もり・ひろし 57年生まれ。『すべてがFになる』で作家デビュー。工学博士。

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