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ナショナリズムの力―多文化共生世界の構想 [著]白川俊介

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2012年04月15日

[ジャンル]政治

表紙画像

■熟議実現のため、棲み分け型提起

 90年代以降、ヨーロッパでは「リベラル・ナショナリズム」に注目が集まっている。新自由主義が拡大し、再配分政策が機能不全に陥る中、国民の帰属意識に基づく共感から、再配分の動機付けを調達しようとする考え方が広まった。人は自分と異なる文化に属する人よりも、言語などの同質性を持った他者にこそ手を差し伸べようとする。リベラル・ナショナリズムは、このナショナルな連帯感を基礎として、再配分政策を立て直そうと試行する。
 本書は、リベラル・ナショナリズム論のエッセンスを抽出しながら、その価値を大胆に問い直す。著者が強調するのは、リベラル・デモクラシーの政治枠組みは、単一で無色透明の存在ではないという点である。確かに、自由・平等・民主主義といった価値は普遍性を帯びているが、そのような理念を具体化するプロセスはネイションごとに異なる。各ネイションは、それぞれの慣習や伝統をもとにリベラル・デモクラシーを咀嚼(そしゃく)し、歴史的な政治文化の中に定着させる。個別具体的なリベラル・デモクラシーは、常にナショナルな色合いを帯びる。
 近年、デモクラシーの再活性化の方策として「熟議」の重要性が注目される。この熟議デモクラシーの構想は、コスモポリタンな存在として捉えられがちである。しかし、著者が注目するのは、熟議における個別的な言語の問題である。多くの人間は、複数の言語を使いこなすことが難しい。もし外国語を理解できたとしても、語感までも完全に習得することは難しい。政治的熟議では、微妙なニュアンスまでもが重要な意味を帯びるため、土着語を共有することは、重要な前提となる。言語の共有こそ、熟議が成立するための「相互信頼や相互理解の重要な源泉」となり、排除の回避につながる。
 しかし、ナショナリズムには文化的他者への排除の力学が含まれる。この点について、著者はナショナリズムに「リベラルな制約」をかけるべきであると説く。移民の排斥やナショナル・マイノリティーの弾圧は、リベラル・ナショナリズムの原理として不正である。
 著者は「棲(す)み分け型」多文化共生世界の構想を提起する。文化や言語を共有する人間がネイションという政治共同体を構成し、リベラル・デモクラシーに基づく政治的自決を行うことが、実質的な多文化共生につながるというのだ。
 ナショナリズムが否定的に扱われがちな日本では、論争を呼ぶ一冊となるだろう。しかし、そろそろ本格的な議論が起きてしかるべき時期である。著者の問題提起をしっかりと受け止めたい。
    ◇
 勁草書房・4200円/しらかわ・しゅんすけ 83年生まれ。日本学術振興会特別研究員。専門は政治理論、国際政治思想。共著に『グローバル秩序という視点——規範・歴史・地域——』など。


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