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「安南王国」の夢―ベトナム独立を支援した日本人 [著]牧久

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年04月15日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■アジア主義の志、波乱の生涯

 仏領インドシナ、日本軍の進駐、対仏独立戦争、内戦、米軍の北爆、ゲリラ戦、サイゴン陥落……ベトナムの近現代史は苛烈(かれつ)極まりない。クオン・デと松下光廣。ベトナム独立の夢を追い続けた2人を主人公に、100年にわたる日越交流の跡を掘り起こすノンフィクションである。
 長くフランスの植民地にあったベトナムにおいて、日露戦争の勝利国・日本は輝ける国となった。グエン王朝の末裔(まつえい)、クオン・デは亡命者として来日する。以降、独立運動にかかわり、幾たびか帰国の機会は訪れるが悲願果たしえず、滞日四十余年、無念のなかで客死する。
 クオン・デの終生の支援者であり、「仏印探題」となったのが松下だった。天草の出身。15歳で渡越し、徒手空拳のなかで「大南公司」を興す。松下は「アジア主義」の国士であり、公司は昼間は商社、夜は独立運動の秘密アジトともなる。仏印進駐から開戦へ。マレー沖海戦に向かった海軍機は松下が開いたサイゴン飛行場から飛び立った。
 戦後、松下は国外追放されるが、独立後に復帰する。再び実業家として活躍するが、サイゴン陥落後、「丸裸で」帰国を余儀なくされる。晩年、故郷・天草に戻り、波乱に富んだ生涯を閉じている。
 いま、2人の名を知る人は少ない。負の烙印(らくいん)を押されたアジア主義の一幕として忘れられた感もある。「『歴史』とは、いつの時代でも、ある立場から何者かに反対し、何者かに賛成するために語られてきた。その中で、それぞれの時代に生きた生身の人間の“思い”は無視され、消し去られる」。読後、浮かび上がるのは、それでもなお消えない人間の志の残照である。
 筆者は元日経の記者で、サイゴン陥落時、ベトナム報道に当たった。なめらかで抑制のきいた筆致である。日越にまたがる秘史の発掘は、2人の、また自身の鎮魂の書でもあるのだろう。
    ◇
 ウェッジ・2520円/まき・ひさし 41年生まれ。『サイゴンの火焔樹』『特務機関長 許斐氏利』など。

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