書評・最新書評

白秋望景 [著]川本三郎

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年04月22日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■時代と格闘した偽りなき人生

 この書は詩歌の人・北原白秋の軌跡を辿(たど)った評伝だが、その実著者による追悼詩のような趣をもつ作品である。著者自身が描いている白秋像を自らの言葉で解きほぐしていく。20の章でその57年の人生を彩るエキスを取り出し、それを濃密にデッサンしていくかに見える。
 「水の感受性」という章がある。「水があった」との一行から始まる。1904(明治37)年に東京に出てきた白秋は、隅田川という「水」に接して、自らの故郷、九州・柳河の水郷を詩的風景として捉える。いやこの期、永井荷風や芥川龍之介、谷崎潤一郎らとて「水」の東京を描くのだが、そこに通底するのは「西洋」への強い意識だ。「赤の発見」の最初は、「はじめに色があった」。白秋の心情に、いや白秋の詩歌がモチーフとするその人間感情に、著者は否応(いやおう)なく読者を引きずり込む。練達な表現(「白秋の目に、東京はまず光の町として飛びこんでくる」「言葉のキャンバスに新しいさまざまな色を描き出し」「思えば大正時代は、文学者が田園を目ざした時代でもあった」など)が至る頁(ページ)にあり、それが白秋を文学史上に位置づける著者の執念と窺(うかが)える。
 むろん白秋の私生活はすべて明らかにされ、三度の結婚や東京に出てきてから30回以上住所を変えたこと、さらに小笠原での隠遁(いんとん)生活で出会う「リデヤ」という無垢(むく)な少女の存在が、童謡の作詩にはいらせたのではないかとの著者の推測などは肯(うなず)ける。生涯の大半を筆一本で生きたこの詩人は、あからさまに時代と格闘したのだ。昭和のある時期には空疎な軍歌も作詩しているが、その心情にひそんでいるのは自身のナショナリズムへの苦悩であったのか。
 著者も関心を示す「金魚」(大正8年作)の残酷さ、が、そこにあるのは白秋の説く「童心童話」だとの指摘に、その偽りのない人生を確認し、著者と涙を共有する。
    ◇
 新書館・2940円/かわもと・さぶろう 44年生まれ。評論家。著書に『荷風と東京』『林芙美子の昭和』など。

関連記事

ページトップへ戻る