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低線量被曝のモラル [共編著]一ノ瀬正樹、伊東乾ほか

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2012年04月22日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■意見異なる専門家による討論

 福島で原発事故が起きてからというもの、放射線が人体に与える影響をどう考えるか、という問題が大きく浮かび上がってきた。
 とくに低線量被曝(ひばく)については、専門家の評価が大きくわかれる。被曝による健康被害より、見知らぬ土地に避難することで受けるストレスなどの害の方が大きい、という専門家がいる。原発推進側が総じて放射線の害を小さくみてきたのは歴史的事実だ。
 一方で、1986年のチェルノブイリ原発事故後の調査結果などをもとに、低線量被曝の危険性を警告する専門家もいる。両者の隔たりは大きく、双方が同じ土俵で直接、意見を交わす場面は従来ほとんどなかった。
 本書は、昨年7月に東大で開かれた学際的な討論会「震災、原発、そして倫理」を軸に編まれている。放射線医学の専門家と、哲学、宗教学などの専門家による討論記録、関連論文が集められている。異なる意見が一書に盛られていること自体、珍しい。
 討論者の一人で医師の中川恵一はこう語る。
 「(患者さんと向き合う中で)心配する必要がないときは、安心してよいと伝えたいのです」
 原発事故発生当初、政府が繰り返した「ただちに健康に害を与えるものではない」という言葉と通底するものが感じられる。これに対し、内科学、分子生物学を専門とする児玉龍彦は次のように言う。
 「線量の問題というよりも、(放射線によって)遺伝子の切れる場所がどこかということです」
 線量が低くても、DNAのどこが切れるかによって深刻な健康障害が発生するというのだ。
 低線量被曝の問題は「政治、産業、軍事、歴史、法学、哲学、倫理、社会心理、情報学など」へと広がっている、と本書は言う。放射線の影響をどう語るか。今こそ、人知と人倫(モラル)が試されている。
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 河出書房新社・3360円/いちのせ・まさき 57年生まれ。東京大教授(哲学)。いとう・けん 65年生まれ。作曲家。

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