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魚は痛みを感じるか [著]ヴィクトリア・ブレイスウェイト

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2012年04月22日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■情動や快不快を丹念に検証

 精神と肉体を峻別(しゅんべつ)し、人間以外の生物には精神がないと考えたデカルト主義者たちは言った。動物は痛みを感じない。痛みはその意味を理解してはじめて存在するものであり、動物にはその理解はないと。犬を鞭(むち)打つと声を発するのは、身体の中のバネがきしむ音にすぎない。犬自体は何も感じていないと。
 もし犬がそうなら魚は? 魚の脳には、情動を司(つかさど)る大脳皮質がない。釣り針から逃れようと暴れる魚は、拘束に対して反射運動をしているだけで痛がっているわけではない。そもそも魚には苦悶(くもん)の表情などないではないか。
 このような生物の理解ははたしてどこまで正しいのだろうか。こんな奇妙な問いを真面目に考えるのも、生物学者のあり方のひとつである。
 そもそも痛みとは何か。不用意に熱いものに触れると、すぐに指を離す。が、痛みはちょっと遅れてやってくる。つまり傷害を感知し、それを避ける反応と、痛みの発生は分離しうる。傷害の感知のために、皮膚には侵害受容体があり、その伝達に特化した神経が脳に通じている。著者らは、魚に侵害受容体があるか否かを検討した。答えはイエス。しかしここから先が重要だ。傷害が、痛みの感覚に転化するためには、もう一ステップ、つまり侵害の信号を、ダメージを受けた箇所が痛いと感じる情動的な感覚へと変換するプロセスが必要となる。
 著者らは丹念な検証によって、魚の脳にも情動を担う部位があること、快不快に基づく行動をとること、ウツボとハタが意識的に協力して餌をとることなどから、外的な刺激を情動に変換する感覚力をもちうると結論する。つまり魚も痛みを感じている。科学がいかにして難問にアプローチするかを示す画期的で痛快な謎解き本である。だからといって著者らは釣りを攻撃しているのではない。人間のおごりを排し、痛みの共有を求めているのである。
    ◇
 高橋洋訳、紀伊國屋書店・2100円/Victoria Braithwaite ペンシルベニア州立大学教授。

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