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昭―田中角栄と生きた女 [著]佐藤あつ子

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年04月29日

[ジャンル]政治

表紙画像

■「昭和の父母」を問い直す娘

 その権勢において、金力において、上昇と下降の劇的さにおいて、田中角栄は戦後最大の政治家だった。公私にわたって寄り添ったのが「淋(さび)しき越山会の女王」こと佐藤昭であったが、彼女も鬼籍に入った。本書は、2人の間に生まれた娘・あつ子による私的な回想記である。
 小学生のころ、家に来れば濃い味のすき焼きを好む「おじちゃん」は「お父さん」となった。父はどんどん偉くなり、娘にはいつも使い切れないほどの小遣いを手渡し、海外に出るとまめにハガキを寄越した。すべてにおいて過剰だった。家庭もまた、三つの家族に同時に愛情を注いでいたのだから。
 有能な秘書である母もどんどん偉くなっていく。父への電話一本で、千万単位の札束が議員たちに手渡される。いつも周りに人々が群がり、海外への便はファーストクラス、旅の姿を収録するビデオ係も同行させた。
 娘もお姫様暮らしが続く。旅先の旅館に忘れ物をしたといえば即、だれかが探しに向かう。スキーをはじめると即、プライベートコーチがつく。多くを与えられつつ、娘は心の問題を抱えていた。リストカット、過度の飲酒、自殺未遂……自身をさらし、父母の私事を記すことにおいて筆はとても率直である。
 娘にとって母はずっと反発と葛藤の対象だった。角栄を失い、財力を失い、孤独のなかで病床についた晩年、ようやく母の人生への思いが深まる。思春期に孤高の身となり、ネオン街に身を染め、必死に生きてきた人。彼女もまた淋しかったのだ——。母への旅は自身の人生を問い直す旅ともなっていく。
 生涯を権力の興亡の渦中で生きた1組の男女。雪国に生まれた2人はともに「克雪」を背負い、安易に語りえない個人史を抱えた「昭和の人」だった。本書を閉じつつ、〈哀感〉という2文字が幾度もよぎった。
    ◇
 講談社・1680円/さとう・あつこ 57年生まれ。「文芸春秋」で公表した「田中角栄の恋文」で文芸春秋読者賞。

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