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『マルタの鷹』講義 [著]諏訪部浩一

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2012年05月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ミステリー分析 目からウロコ

 中学生だった1950年代後半、初めて『マルタの鷹』を読み終わったときの高揚感は、今でも忘れられない。
 当時は、ハメットの作品もハードボイルドというジャンルも、まだ市民権を得ていなかった。それが今や、歴とした英文学の専門家が、このような成果を発表する時代になった。評者としては、まことに感無量なものがある。
 著者は、ミステリーのマニアとしてではなく、純粋に英文学者の立場から『マルタの鷹』を取り上げ、精密な分析を行った。それも、〈牛刀をもって鶏を割く〉式のものではなく、まさに大鷹相手の力戦といってよい。
 本書は、『マルタの鷹』の1章分に原則として1講を当て、全20章を23講で説き明かす。評者は、久しぶりに『マルタの鷹』の原書と訳書を手元に置き、対照しながら本書を読み進んだ。評者もこの本を、若いころから繰り返し読んだ口だが、それでも目からウロコの指摘に何度も出くわし、大いに蒙(もう)を啓(ひら)かれた。
 著者は軽くしか触れていないが、評者が子供心にもっとも心を動かされたのは、しばらく姿を消していた依頼人の美女ブリジッドが、アパートにもどった探偵スペードに駆け寄り、しがみついてくるシーンだった。この、胸を締めつけられるような場面があればこそ、直後の受け入れがたい結末が、より強烈な衝撃を生むのである。
 ラストで、スペードが真犯人を相手に振るう長広舌は、今読み返すと言わずもがなではなかったか、という気もする。次作『ガラスの鍵』の最後で、主人公の賭博師(とばくし)ネド・ボーモンが、友人マドヴィッグの愛する女を連れ去るとき、ボーモンに一言も弁明させなかったのは、ハメット自身もそこに忸怩(じくじ)たる思いが、あったからではないのか。
 となれば、著者には『ガラスの鍵』についても、ぜひ新たな講義をお願いしたい、と切望せずにはいられない。
    ◇
 研究社・2940円/すわべ・こういち 70年生まれ。東京大学准教授。著書に『ウィリアム・フォークナーの詩学』。

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