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私は東ドイツに生まれた―壁の向こうの日常生活 [著]フランク・リースナー

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2012年05月20日

[ジャンル]歴史 国際

表紙画像

■自由を手に入れ、過去を懐かしむ
 
 ベルリンの壁が崩壊した翌年、一つの国が40年という短い「生涯」を終え、世界から消えた。それはドイツ民主共和国――いわゆる東ドイツである。現在は日本に住む、東生まれで、東西統一時に24歳だった著者は、自身の体験を交えながら、豊富な資料や写真を用いて、かつての「母国」を、その成り立ちから社会システム、政治体制、宗教文化、日常生活などについて、わかりやすく語る。同じ社会主義国の出身者にとって、甚だ興味深い一冊だ。
 西側への逃亡を防ぐために、1961年から東ドイツ政府によって建設が始まったベルリンの壁、「鉄のカーテン」と呼ばれるその中での生活は貧しいながらも、自家用車を持つこと(外貨さえあれば外国車も買える)や、我が中国では許されなかった西側のファッション(幾多の屈折を経てジーンズは浸透した)を身に纏(まと)うこともできた。
 ルターの故郷だというからプロテスタントだと思われがちだが、東の宗教は、プロテスタントとカトリックの混合で、むしろ後者の信徒が多かったという。信徒を出世させないだの、給料から教会税を天引きして教会に渡さないようにするだの、都市計画の邪魔だと言って教会を爆破するだのと、あの手この手を使って政府は宗教への弾圧を続けたが、そうした制圧の中で教会は却(かえ)って心の休まる「パラレルワールド」となり、人々の「溜(たま)り場」となっていった。
 「東ドイツが血を流している大きな傷口のよう」な境界線が崩壊して20余年、近年東の出身者の間で、Osten(東)とNostalgie(郷愁)の造語「オスタルギー」が流行(はや)っているという。自由で豊かな暮らしが手に入った一方、かつて東になかった失業、あるいは保障されていた女性の地位などに関する問題も顕在している。そもそも問題のない社会など存在しない。過去とは、やはり戻れないからこそ懐かしいのだろう。
    ◇
 清野智昭監修、生田幸子訳、東洋書店・2625円/Frank Riesner 千葉大学などでドイツ語を教える。

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