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VANから遠く離れて―評伝石津謙介 [著]佐山一郎

[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)

[掲載]2012年05月20日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■先見性を養った人脈と反骨

 戦後はじめて10代男子がファッションに心も体もかきむしられた時期がある。60年代、その火をつけたのがVANの石津謙介だ。以後、消費文化がミドルティーンにまで下降し、ファッショナブルという感覚が衣服を越えて生活文化全体にまで広がっていった。著者の言葉でいえば、市場がはじめて「文化的基礎」を必要とした時代であった。
 VANにかぶれたこの反抗の世代は、石津に「代理父祖(ゴッドファーザー)」を見た。だからやがて父親殺しの対象にもした。VANは、創業から倒産にいたるおよそ四半世紀間、まるでジェットコースターのような社歴を刻んだ。10代の経験がわだかまったままの著者は、煽(あお)られのさなかにあって自分がほんとうに触れていたものが何かを検証するために、いわば遠近法を組み換えて、晩年の石津と繁(しげ)く向きあう。
 石津は3度、無一文になった。家業が立ち行かなくなって天津へと脱出したとき、敗戦後の引き揚げのとき、そしてVANが倒産したとき。が、この倒産には「先見性を使い果たしての『蕩尽(とうじん)』イメージ」があると、著者はいう。
 その先見性を養ったものを、著者は、若き日の6年半にわたる大陸での生活、左翼系演劇人との交友、京大事件の瀧川幸辰や考現学の今和次郎らとの意外な接点に探る。くわえて、その生涯を貫く「反骨」と「旦那」のふるまいに。
 地べたの意気地も見逃せない。引き揚げの船内で歌謡コンクールがあり、女装までして歌い、優勝をもぎ取った話がある。空腹で泣く子らのために賞品の煙草(たばこ)を2等賞品の乾パンと取り替えてもらうためだった。同じダンディでも、白洲次郎のように貴族的(ノーブル)ではなく、市民的(シヴィル)だった。
 VAN主義者に約(つづ)めようのない石津を仔細(しさい)に見つめるなかで、VANから離れても自分のなかで疼(うず)きつづけていた両価感情を解剖しつつ、それを愛惜へと浄化してゆくその筆致が、ちょっと、痛い。
    ◇
 岩波書店・3360円/さやま・いちろう 53年生まれ。作家。著書に『東京ファッション・ビート』ほか。

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