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夢の操縦法 [著]エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2012年05月20日

[ジャンル]人文 科学・生物

表紙画像

■フロイトも探した奇書の古典

 まさしく幻の著作の初訳である。
 かつてアンドレ・ブルトンや澁澤龍彦が夢研究の古典として本書の一部を引用したことがあったが、長らく作者の経歴もその全貌(ぜんぼう)も不明という奇書だった。
 ところが近年の発掘で、作者は支那学者として唐代の詩を仏訳し、1855年パリ万博の中国パビリオンを立ち上げた貴族と分かった。
 人間は睡眠中でも活発な思考活動を行うと主張した彼は、夢占いもふくめて分析し、夢とは記憶の断片を結び合わせストーリー化する「正調な知的作用」と考えた。
 しかし当時の研究者の多くは、夢を「心的能力の低下や混乱が生み出す変調」と捉え、夢遊病や幻覚と区別しなかった。ならば意識で夢をコントロールしてみせようと、数々の実験を試みたのが本書である。
 まずは睡眠中に鈴の音を聞かせるなど、外部刺激を使って力ずくで夢に介入する方法。たとえば匂いを嗅がせ、その条件反射を利用して「埋もれていた記憶」から夢に誘導する実験を読むと、あの『失われた時を求めて』で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した香りに刺激され記憶を取り戻す場面を思い出すが、実際プルーストは本作者の妻と知り合いだったそうだ。
 この外部刺激法でだめなら、睡眠中に自分の意志を働かせて内部から夢に介入する方法もある。乗馬する夢を見たら、覚醒時と同じように馬を自在に操ってみることだ。それには夢の中で目を覚ます訓練が要るという。
 これら夢実験の性格から見て、夢の意味を分析したフロイトも本書に関心を持ったはずだが、丁寧な解説にそこも触れられている。なんと、フロイトは本書を必死に探し回ったが、どうしても入手できなかったのだそうだ。それが、いま日本語で読めるとは、まさに「夢」のようではないか。
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 立木鷹志訳、国書刊行会・4725円/Marquis D’Hervey De Saint−Denys 1822年生まれ。92年死去。

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