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毒婦。 [著]北原みのり/別海から来た女 [著]佐野眞一

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2012年05月27日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「透明な鏡」の彼女、男と女の目線映す

 事件が明るみにでたときメディアは色めきたった。魔性の女。婚カツ詐欺師連続殺人。練炭女。
 それなのに、と北原は思った。ここには凄惨(せいさん)な暴力のにおいがしない。女の犯罪につきものの湿度がない。共感や同情も一切持ちえない。著者は言う。「ただ私は、木嶋佳苗という女が、全く全く全く、分からなかった」。だから裁判の傍聴をはじめた。
 北原は女の目線で被告を追う。小柄で清潔で美肌で声が優しく上品。服を変え、髪形を変える。メールが明かされる。最初から直截(ちょくせつ)的に経済的支援を要求する。そしてこう書く。「本気で思って下さるなら交際期間中も避妊しなくても構いません」。男は次々に落ちた。裁判中、被告は終始、他人事のようにたたずむ。ますます釘付けになり、振り回される。気負いのない口調は読みやすい。
 佐野の第一印象も同じだった。どの犯行にも怨恨(えんこん)や血の跡がない。彼は男の目線で被告を追う。「北海道ののどかな酪農地帯で育った女が、(中略)なぜ凶悪な毒婦もしくは女モンスターに変身したのか」。被告の出生地や関係先を丹念に取材し、話を拾う。傍聴では事実の記録者に徹する。あっけなくだまされた男たち。検察のあり方にも言及する。動機が不明瞭で、自白や目撃証言が皆無のこの事件で、検察は奇妙なたとえを持ち出した。朝起きて一面雪化粧だったら「直接雪が降った場面は見ていなくても、みなさんは夜中に雪が降ったということがわかります」。空疎な中心の上を行き来する裁判を活写する筆致は見事だ。
 犯した罪は裁かれなければならない。しかし私たちにはもう一つ考えるべきことがある。了解の不能性。社会性の欠如。その一方で、彼女は巧みにネットを操り、緻密(ちみつ)で、パンクチュアルで、几帳面(きちょうめん)で、極度に清潔好き。生まれながらの資本主義者。これらは何を意味しているのだろう。
 被告は判決前、朝日新聞に手記を寄せた。理知的で語彙(ごい)豊富な文章は、定型的で温度がない。その中で彼女はこう書いている。「私のような人間にとって、この世の中はとても生き難い場所です」
 彼女は独自の方法で、自ら閉ざした全く別の世界を生きているのだ。私たちには彼女の世界が読めない。あえて読もうとすると彼女は透明な鏡になる。著者たちは意識するしないに関わらず、明らかに木嶋佳苗という鏡に映った自分を語っている。それは裁判に関わった、聞いた、見た、すべての人々についてもいえる。嘲(あざけ)りは自らへの嘲りであり、いらだちは自らにいらだつ。勇気ある者は、このあまりにもリアルな記録を読んで、その鏡にいったい何が映るのか、試してみるがよい。
    ◇
 『毒婦。』朝日新聞出版・1260円/きたはら・みのり 70年生まれ。著書に『アンアンのセックスできれいになれた?』など。『別海から来た女』講談社・1575円/さの・しんいち 47年生まれ。著書に『あんぽん 孫正義伝』など。

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