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今和次郎「日本の民家」再訪 [著]瀝青会

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2012年05月27日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■変哲もなく残る大正の家々

 今(こん)和次郎の名著『日本の民家』は、大正期の何の変哲もない民家の記録分析として今でも実におもしろい。本書はそこに登場する民家を再訪し、その変化を記述したものだ。
 こんな本が成立すること自体が驚きだ。この九〇年を経て、かなりの家がまだ残っている! むろん消えたものも多く、残った場合でも昔通りではない。だが、その変化こそ本書の注目点でもある。
 変化の理由はおなじみのものだ。都市化、経済基盤変化、道路拡幅……。元の本での今(こん)の注目点は、それぞれの民家が持つ自然や経済の環境に対する合理性だった。本書の分析は、周辺の変化と家の変化の関わりを細かく捕らえ、今和次郎の合理的な読みを現在にまで延長するものとなっている。
 元が雑誌連載のせいか、文章は時に蛇足めいた文学的な都会人の田舎幻想や内輪の些末(さまつ)な雑記に流れる。だが事実関係の記述は明快だし、限られた資料から家を探し出すいささか冗長な探索プロセスにも時代の変化の記述が散在している。そうこうするうちに、そこから今和次郎の行動原理まで抽出しおおせているのは感心させられる。
 しかし……本書に掲載された現存する「民家」の写真は、本当に何の変哲もないのがショックではある。今(こん)のスケッチを見ると、それぞれの民家は実に豊穣(ほうじょう)で美しく見える。が、実際はそこらの地方家屋で、多くの人は前を通っても記録する価値があるとさえ思うまい。
 今(こん)とてその個別の家自体の価値よりは、その地域の生活と様式の表現としてそれぞれの民家を見ている。だが、これらの家は当時もこのように何の変哲もなく、今(こん)の慧眼(けいがん)だけがその意義を見抜けたのか、あるいは当時は変哲があったのに、物理的には同じでも、時代の変化とともにそれが消えたのか。そうした見る側の視線の変化についても、本書は考えさせてくれる。
    ◇
 平凡社・3360円/れきせいかい 中谷礼仁早稲田大教授(歴史工学・建築史)らによる研究者有志の会。

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