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キッシンジャー回想録 中国〈上・下〉 [著]ヘンリー・A・キッシンジャー

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年06月03日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■米中和解から「相互進化」へ

 本書の文中では著者の政治哲学や歴史観が短文でさりげなく紹介されている。「一国の歴史の解釈には、その国が持つ記憶が反映している」といった具合なのだが、その中国観は歴史を踏まえつつ、歴代の中国首脳との外交交渉や対談を通じて、「中国の戦略には一般的に三つの特徴」があり、それは「長期的な傾向を細かく分析すること、戦術的選択肢を慎重に研究すること、作戦上の決定を客観的に吟味すること」だという。
 この大部の書は、ニクソン大統領の補佐官、国務長官として対中秘密折衝、そして突然の訪中による米中和解の内幕をクライマックスに据えながらそこに至るプロセス、さらに米中和解後の20世紀後半から21世紀前半までの米中関係を、ある時は外交交渉の当事者、あるいは私的な交流を通じて明かしていく。読み進むうちに興奮と感動を覚えるのは、著者の学識の高さと率直な議論によって、毛沢東、周恩来、トウ小平、江沢民などの素顔が次々に読者にイメージ化されてくるためだ。著者は毛沢東と周恩来にはとくべつに関心を持ったため、そのやりとりが東西両文明の融合といった高度な意味を持つことが感得できる。
 毛沢東との「死の間際に行われた」会談(75年12月)の描写は印象的だ。毛は自身の年齢(82歳)を明かし、著者の年齢(51歳)を確かめ、生の時間を意識してか、著者に挑戦的な言を弄(ろう)する。「私の気性を知らないだろう。私は人々が私に悪態をつくのが好きだ」などと手で椅子をたたく。著者はそこに死後の評価への焦慮を読みとる。
 周恩来を最大級の尊敬の言で語るが、その晩年に愛惜を示す表現にも心が打たれる。
 今後の米中関係は、協力関係より「相互進化」であるべきだとの著者の見解は深い洞察力に裏打ちされている。本書で語られる日本、米中指導者には戦略上でしか位置づけられていないのが寂しい。
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 塚越敏彦ほか訳、岩波書店・各2940円/Henry A. Kissinger 23年生まれ。73〜77年、米国務長官。『外交』など。

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