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政治的に考える―マイケル・ウォルツァー論集 [著]マイケル・ウォルツァー

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2012年06月10日

[ジャンル]社会

表紙画像

■理念と現実交差、議論展開に魅了

 いま、現実の政治に希望を抱くのはむずかしい。政治家たちを見れば、目先の出来事におたつき、世間の顔色をうかがうばかりの人々が、己の地位と利権にしがみつき、場当たり的な対応に終始。一方でそれを批判する識者たちも、時に形骸化したスローガンの連呼や現実から乖離(かいり)した抽象論に堕す。だがそもそもこの現実世界の政治とは何をするものなのか?
 それを考え続けてきた政治哲学者マイケル・ウォルツァーの論文をまとめたのが本書だ。邦訳は多いが(いやそれ故に)多岐にわたる彼の議論を包括的に見渡すのはなかなか面倒だ。本書はそれを可能にしつつ、現実世界の政治の全体像にも一定の見取り図を与えてくれる便利な本となっている。
 とはいえ、簡単な本ではない。高度な議論に加え、例示される各種の事件などについてかなりの予備知識は要る。そして話がすっぱり割り切れることもない。どの論文も、「ああいう立場もあるがこうした点も考慮せねばならず」という具合に、実にうだうだしているし、それをたどるだけでも一苦労だ。だが、それがまさに著者の立場でもある。何か普遍的な原理を勝手に想定して、それを安易にあてはめて事足れりとしてはならない、と。
 たとえば多くの人は、人権や民主主義が普遍的だと考え、A国は人権蹂躙(じゅうりん)国家だ、などと言って批判する。でも人権は「ある」ものではない。社会的なお約束ごととして、それぞれの社会が自分で「つくる」ものだ。部外者はそれをとやかく言えないし、民主主義を強要するようなこともすべきではない!
 その意味で彼は、いま流行のマイケル・サンデルと同じく、社会の独自性を重視するコミュニタリアンなのだが……本書で彼は、それがリベラリズムの進展に対する反動だとも指摘する。そして普遍的原理を疑問視する一方で、自国民を殺したり奴隷化したりするのはダメ、といった、どこの誰でも賛成する普遍原理はあると述べる。その原理を破る国に対しては、外国の軍事介入は正当化される、いや場合によっては戦争で介入する義務すらあるかもしれないと述べる。しかも、必要ならのろまな国連など無視して!
 中庸を保ちつつも時に予想外の結論に到達し、理念的な議論が現実の政治評価につながる議論展開はスリリングだ。編者による序論と著者インタビューも理解には実に有用。そして著者の語る市民社会論は、人がいかに政治に関与するかについても、困難ながら明るい見通しを提示している。それは現実の政治の可能性についても、希望を蘇(よみがえ)らせてくれるように思うのだ。
    ◇
デイヴィッド・ミラー編、萩原能久・齋藤純一監訳、風行社・5775円/Michael Walzer プリンストン高等研究所名誉教授。『正しい戦争と不正な戦争』『寛容について』『戦争を論ずる――正戦のモラル・リアリティ』など。

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