書評・最新書評

棺一基 大道寺将司全句集 [著]大道寺将司

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2012年06月17日

[ジャンル]人文

表紙画像

■自らの死と向き合うまなざし

 『棺一基』という書名は、本書の中の句「棺一基四顧茫々(しこぼうぼう)と霞(かす)みけり」から採られた。霞は春の季語。「四顧」とあるからには、そこにまわりを見渡す者がいる。それは誰なのか? 木棺に横たわる死者か。
 私はここに、霞の中にたたずんで自らの屍(しかばね)が入っている棺をみつめる、死者その人のまなざしを感じる。白い闇が際限なく広がる。その中心に木棺が一基のみ、孤絶に、そこにある。このように死と向き合って一日一日を生きる。それが死刑囚の毎日だ。
 大道寺将司は「東アジア反日武装戦線」のなかの「狼(おおかみ)」というグループのメンバーだった。一九七四年の三菱重工爆破事件で逮捕され、死刑が確定している。この直前、狼は昭和天皇お召し列車の爆破を計画し、未遂に終わった。それは「虹作戦」と呼ばれていた。一九六〇〜七〇年代に運動する者たちは、戦中戦後、東アジア諸国で日本がおこなってきたことを、自らの問題として問うていた。
 「狼は檻(おり)の中にて飼はれけり」という一九九七年の句から私は、大道寺がその記憶を身体に刻み込み、決して手放していないことに思い至る。二〇〇二年「国ありて生くるにあらず散紅葉(ちりもみじ)」、二〇一一年「げぢげぢの地を這(は)ひ回り逆徒臥す」。娑婆(しゃば)の経済は忘却で成り立っているが、この句集はますます濃密になる記憶と、季節の移ろいへの鋭敏な言葉で出来上がっている。「水底の屍(かばね)照らすや夏の月」「戻られぬ地の片陰(かたかげ)に笹子(ささこ)鳴く」——二〇一一年の震災後、津波で連れ去られた人を水底に観じ、原発で誰も戻らない場所を全身で受け止めている。そして、幾度も傍らにおこなわれた死刑執行。「垂るる紐捩(ひもねじ)れ止まざる春一番」。季語という共有の場でのみ、唯一無二の彼に出会うことができる。
 序文と跋文(ばつぶん)を辺見庸が書いている。一読の価値大いにあり。それこそこの句集のもっとも見事な書評であって、それを越えることはできない。
    ◇
太田出版・2100円/だいどうじ・まさし 48年生まれ。著書に『明けの星を見上げて』『死刑確定中』など。

関連記事

ページトップへ戻る