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『技術と人間』論文選 問いつづけた原子力 1972—2005 [著]高橋のぼる・天笠啓祐・西尾漠

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2012年06月17日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■原発批判に孤軍奮闘した軌跡

 1972年4月に創刊された雑誌「技術と人間」は、科学技術の独走を市民のまなざしで監視し批判してきた。原発批判に孤軍奮闘するその姿は、「王様は裸だ!」と喝破した子供のそれを思わせた。
 本書は、2005年10月の終刊までに同誌に掲載された数多くの原子力関連論文の中から36編を集める。原発の来し方、行く末について考える上で有益な論文集だ。
 「二重、三重の安全装置がついているから安全と宣伝されているが、安全装置の数がふえ、複雑化すれば故障もふえそれだけ危険がます」
 「巨大装置においては、つねに小事故が大事故につながる可能性がある。連鎖的事故、共倒れ事故がつきものであるのでフェイルセイフなどはありえない」
 米スリーマイル島原発事故の直後、物理学者の武谷三男はそう警告していた。
 原発労働の実態、チェルノブイリ原発などの事故の教訓、低線量被曝(ひばく)の危険性、高レベル放射性廃棄物処理の問題……など再録された論点は多岐にわたる。それらの多くは、今日も未解決のままだ。反論も含めて、なぜ、もっと広く検討され、議論されてこなかったのか。そんな疑問が改めて浮かんでくる。
 何が起きても原子力、何と言われようと原子力。推進側は「聞く耳持たず」の思考停止を長く続けてきた。
 本書収録の「原子力技術を考える」で高木仁三郎は次の趣旨のことを述べている。
 ——原子力は体制そのものである。安全論だけで全面的にやめさせる方向にはいかない。「文明の転換みたいなもの」を獲得しない限り「原発体制」はいくら危険性を主張してもなくならないだろう。
 文明の転換よりさきに、福島の原発事故が起きてしまった。それでも「原発体制」は堅持され、密室での「勉強会」が繰り返されてきた。
 誰かのつぶやく声がする。
 「王様、そろそろ、服を」
    ◇
大月書店・5460円/たかはし・のぼる 26年生まれ。あまがさ・けいすけ 47年生まれ。にしお・ばく 47年生まれ。

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