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K [著]三木卓

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2012年07月01日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■愛しい女をうつす文章の魔術

 書名は、「ぼく」の妻のイニシャルである。妻はメモの最後に、(K)とサインする。自らをマルKと称した。本名、桂子。同年の「ぼく」を、マルミと呼んだ。(三)である。記号のような夫婦だ。Kは癌(がん)を発症し、七十二年の生涯を閉じた。七冊の詩集を残した。「ぼく」はKとの四十七年間の、結婚生活を振り返る。
 洗面器と歯ブラシの風呂敷包み一つを抱えて、Kはぼくの住まいに来た。有頂天になったぼくは、風呂をわかして、と頼む。Kは失踪した。風呂のわかし方がわからなかったのである。初めて渡したぼくの月給を、全額、自分の洋服に使ってしまう。小遣いにくれたと思ったらしい。ぼくは途方に暮れてしまう。Kは貧乏の恐ろしさを知らない。
 生家は青森県の某市で「三店(さんたな)」の一軒に数えられる大店、何不自由なく成長した。きょうだいが八人、店を仕切る母は子育てに手が回らず、養育費を払ってKを里子に出した。かわいがってくれた乳母は、情が移って返したがらぬ。むりやり離された。Kは生家になじめぬ。さながら『次郎物語』の次郎の心境である。
 小説が売れだした夫に、Kは仕事場を用意する。創作に専念できるようにとの配慮だが、夫は仕事場に住むようになる。別居の形で、変則の夫婦生活が三十年に及んだ。
 Kは入院する。病室の入り口に腰紐(こしひも)を下げて、とKが頼む。トイレで倒れた時、この紐が目印になって部屋に戻れたと言う。夫は紐を眺めながら考える。紐が結界なら自分はその内にいるのか、それとも外か。夫はKの詩集を読み、妻の本心を探る。
 夫婦だから、わかりあえない、ともいえる。Kから見たマルミだって謎だろう。「ぼく」という一人称の文体が軽妙なので(エッセーのようだ)、少しも深刻でない。Kは魅力的な「愛(かな)しい女」にうつる。文章の魔術の勝利だ。
 これは夫婦物語ではない。変格青春小説であるまいか。
    ◇
講談社・1575円/みき・たく 35年生まれ。詩人・作家。著書『ほろびた国の旅』『北原白秋』『路地』など。

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