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精神を切る手術―脳に分け入る科学の歴史 [著]ぬで島次郎

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2012年07月15日

[ジャンル]科学・生物 医学・福祉

表紙画像

■精神外科の役割、検証求める

 日本では現在、ロボトミーを含む精神外科手術は、行われていない。少なくとも、そういわれている。
 ロボトミーは、前頭葉白質切截(せっせつ)術のことで、神経繊維の束を断つことによって、脳の異常を改善しようとする手術だ。ほかにも、前頭葉の一部を切除するロベクトミー、より侵襲度の低い定位脳手術など、さまざまな手法がある。 精神外科手術は、1950年代まではなにがしかの効果がある、と認識されていた。その後、クロルプロマジンなどの向精神薬が開発されて、治療効果のはっきりしないロボトミーは、しだいにすたれた。実は、ロボトミーに対する批判が高まったのは、手術が下火になったあとの60年代後半以降のことだ。72年に、カリフォルニアの刑務所で、受刑者に精神外科手術が行われ、それが治療目的よりも社会防衛目的とみなされて、強い批判を浴びる結果になった、という。
 著者は、ロボトミーを初めて行ったモニス、それを大きく発展させたフリーマン、さらに日本での第一人者とされる廣瀬貞雄らの事績を紹介しつつ、精神外科の持つ意味を多面的に問い直す。欧米では、切截の手法を改善した定位脳手術が、今もなお行われているが、日本では日本精神神経学会が75年の学会で、〈精神外科否定決議〉を採択して以来、精神外科はタブーになってしまった。もっともその決議は、手術を受けた患者の予後追跡調査なしに行われたため、医学面での検証が不十分だった、という。
 著者は、精神外科を擁護するわけではなく、またその復活を強く主張しているわけでもない。ただ、これをタブー視して糾弾し、否定するのではなく、精神外科がこの分野で果たした役割を見直し、客観的な分析検証を行うことで、いまだ十分に解明されたとはいえぬ脳の研究を、さらに進めるべきだとする。それも一つの見識、といえよう。
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岩波書店・2835円/ぬでしま・じろう 60年生まれ。生命倫理政策研究会共同代表。『先端医療のルール』など。

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