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それをお金で買いますか―市場主義の限界 [著]マイケル・サンデル

[評者]原真人(本社編集委員)

[掲載]2012年07月15日

[ジャンル]経済 社会

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■道徳的に正しいか、熟議の場へ

 米ハーバード大学「白熱教室」のサンデル教授と言えば今や日本でもおなじみ。とびきりの講義の名手である。
 ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』に続く今回の著作のテーマは「道徳」を締め出す「市場」。世の中にはお金で買えないもの、売り買いしてはいけないものがある。にもかかわらず、ほぼあらゆるものが売買される。それでいいのかというのが著者の問いだ。
 売買が妥当かどうか怪しいと思われる事例が、これでもかとばかりに示される。米国の一部の刑務所では囚人が82ドルを払うと一晩きれいで静かな独房に入れる。カナダでは約6千ドルで北極地方のセイウチを撃つ権利が買える。
 米国ダラスの成績不振校で本を1冊読む児童に2ドル払う制度は、低学力児の成績向上には役立つかもしれない。だが読書が金稼ぎ手段となれば本を愛する心を腐敗させてしまう、と著者は挑発する。
 それぞれ正答が用意されているわけでもない。サンデルの「結論」や「提言」を期待すると、がっかりするかもしれない。彼の目的はあくまで「民主的な議論の技術を伝えること」なのだ。
 だとしても、この本には読む価値がある。事例を読み進んでいくと、自らの思考停止に気づき、これまで漫然と受け入れてきたさまざまな市場や取引が「道徳的に正しいのか」と考え直さずにはいられなくなるだろう。熟議を引き出す力は十分にある。
 たとえば、温室効果ガスを出す枠を売買する排出量取引。国連や欧州連合が導入し、環境派の人々や少なからぬメディアが「必要な市場」と信じ込んできた制度だ。
 サンデルはこれにも「温室効果ガスを排出する『罪』を相殺することは正しいのか」と道徳面からの疑問を呈す。反論を試みようと思う読者もいるかもしれない。それこそ、講義の名手の狙いどおり、ということになる。
    ◇
鬼澤忍訳、早川書房・2200円/Michael J. Sandel 53年生まれ。ハーバード大学教授(政治哲学)。

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