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トガニ 幼き瞳の告発 [著]孔枝泳

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2012年07月22日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■実在の事件描き社会揺さぶる

 濃霧の立ちこめる霧津(ムジン)市で障害児の事故死が相次いでいる。そんな時期に、ソウルから一人の新しい教師、カン・インホがこの地の聴覚障害者学校・慈愛学院に赴任してきた。初めての授業で、弟に死なれ、「沼底のよう」な暗い目をした少年に手話で必死に何かを訴えられたのだが、わからなかった。
 「冬休みまでに手話が上手(うま)くなって君たちと話せるようになる」——生徒たちは今、一刻も猶予のできない状況に陥っていることも知らずに、約束をした。
 それからというもの、学校のトイレから悲鳴が聞こえたり、生活指導教師が生徒をリンチする場面に遭遇したりという忌まわしいことが続く。そんな中で暴力から一時保護した女子生徒が、インホの手のひらにメッセージを書いて助けを求めたのだった。
 実は、生徒たちは口止めされていた。もしここで見たことをだれかに言ったらただじゃおかないぞ——聴覚障害者学校の校長たるものができる唯一の手話だ。自分の悪行が外に漏れることを恐れ、障害者の子どもを嚇(おど)すために覚えたのだろう。
 それでもすべてが明るみに出た。これで、生徒たちはひどい仕打ちから救われ、犯罪者も罰せられると胸をなで下ろすはずだった。ところが、地位と権力、金銭を前にした、警察や判事、行政に携わる教育長、弁護士、医者ないし牧師——教養があり、常に正義の味方だと誇る上流社会の「有識者」たちはみな一様に、犯罪を認めようとしない。そればかりか、犯罪者のために隠蔽(いんぺい)工作に加担する始末だった。霧が濃くなるばかりの霧津に光が射(さ)す日は来るのか。
 社会派作家と名高い著者による、二〇〇五年韓国の光州市で起きた事件をモデルに書かれたこの小説は、韓国社会で大きな反響を呼び、「性暴力の処罰などに関する特例法」の改正案が可決されたきっかけにもなった一冊だ。
    ◇
 蓮池薫訳、新潮社・1680円/コン・ジヨン 63年、韓国生まれ。作家。邦訳に『私たちの幸せな時間』など。


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