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植物たちの私生活 [著]李承雨

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2012年07月22日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■絶望の奥から紡ぐ家族の物語

 すでに世界各国に読者を持つ韓国の作家・李承雨のこの長編小説は、荒々しい暴力で始まって性をめぐり、かなわぬ愛を高らかに謳(うた)い、ひとつの平凡な家族がそれぞれに抱えていた特異な過去を明らかにしながら結末に突き進む。
 一度読み始めたら止まらないのではないか。読者は常に主人公とともに新しい出来事に直面し、とまどい、立ち尽くし、わずかな時間のずれをともないながら事態への認識と理解を深めるだろう(例えば、意外な事柄のほんの少し前に印象的な伏線があったり、主人公が読者よりわずか先に何かに気づいたりする)。
 この“時間のずれ”の抑制が李承雨の語りの巧みさで、読者は誘導に気づかないまま、自分だけが真実を発見し続けているように作品を読み進むはずだ。徹底的に接続詞の使用を避けることも、話のスリルを高める。
 各々(おのおの)に傷ついた家族は重なるエピソードの中でやがて、エゴノキや椰子(やし)や庭の植木といった象徴的な樹木を割り当てられていく。タイトルの通り、そもそも言葉を持たないそれら植物たちの、寡黙に生きてきた年月が感動的に伝わるのが本作で、故・中上健次がよく使っていた言葉「切れば血の出る物語」がそこには切り開かれる。
 ある種通俗きわきわのドラマ性も包含しながら、展開される人物群の骨格はあくまで太く、西洋の神話にも通じるような壮大さも帯びている。
 ただ、既訳『生の裏面(りめん)』の中にも“人間は現実に対して絶望すると神話に依存したくなる”とあるように、本書の神話も決して晴れがましいものではない。作者は深い絶望の奥から物語を紡ぎ出す。
 さきほど例に出した中上健次がかつて『地の果て 至上の時』で物語の決定的な挫折を導いたような瞬間が、もしも李承雨に訪れるとしたらそれはかつてなく衝撃的だろうと思うと、これ以後の新作も読み逃せなくなる。
    ◇
金順姫訳、藤原書店・2940円/イ・スンウ 59年、韓国生まれ。作家。邦訳に『生の裏面』など。


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