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あなたが愛した記憶  [著]誉田哲也

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2012年07月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■超常現象支える細部の現実感

 この著者の作風は、まことに多彩である。警察小説もあり、スプラッターもあり、青春小説もありと、なんでもござれの才筆の持ち主だ。評者は、この作家の警察小説を評価する一人だが、本書には別の得意わざが仕込まれ、緊密な作品になっている。
 乳児を殺害、みずから110番通報して逮捕され、裁判が進行中の曽根崎という男を、弁護士が訪ねるシーンから、物語が始まる。冒頭の数章で、異常犯罪に関わる正体不明の男や、事件を追う複数の刑事、あるいは独特の雰囲気を持つ女子高生・村川民代などが順次紹介され、ストーリーの行く手が示される。
 曽根崎は興信所の所長で、そこへ民代が人探しを依頼しに、やって来る。しかも、民代はのっけから、曽根崎の娘だと主張する。このあたりから、俄然(がぜん)物語が動き始める。曽根崎は民代に、別れた恋人と同じ嗜好(しこう)や癖を見いだし、ほんとうに自分の娘かもしれない、と思い始める。そこに秘められた謎が、全体を貫く不気味な通奏低音の、微妙な伏線になっている。
 本書は、むずかしくいえば遺伝医学的な現象、簡単に言ってしまえば、オカルト的現象をテーマにするものだが、その種明かしは控えておく。そうした、超常現象以外のディテールが、現実感豊かに書き込まれているため、なんの抵抗もなく読める。多視点で描かれているものの、基本的には曽根崎を中核に据えた、私立探偵小説といってよかろう。キャラクターの一人ひとりが、行間から立ち上がる存在感を持ち、この小説を支える骨格をなす。ことに、曽根崎の事務所の下にあるスナックの店主、吾郎と美冴(みさえ)の兄妹がいい。曽根崎を慕う美冴には、ある意味で暗さに満ちたこの小説に、救いの一灯を添えるいじらしさがある。
 プロローグから、途中である程度結末が予測できるのは惜しいが、読後に独特の余韻を残す佳作である。
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 集英社・1575円/ほんだ・てつや 69年生まれ。作家。『ストロベリーナイト』『武士道シックスティーン』など。

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