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ブルックリン・フォリーズ  [著]ポール・オースター

[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)

[掲載]2012年07月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■上機嫌な筆致で語る愚行の物語

 本作の主人公にして語り手ネイサンは、大病、退職、離婚ののち、故郷ブルックリンに戻ってくる。時間を持て余し、「人間の愚行の書」(ザブックオブヒューマンフォリーズ)と題して生涯で犯してきたヘマ、ドジ、失態を書き記し始めた彼は折しも、ハリーという初老のゲイの経営する古本屋で、甥(おい)のトムに再会する。
 強烈に嫉妬深い夫のいる美人ウェイトレスの笑顔が見たくて近所の食堂に通いつめ、ほれ見たことかトラブルに巻き込まれるネイサン。有望な文学研究者の卵だったのが挫折し、いまではハリーの書店で働きながら将来の展望もなければ彼女もいない、肥満の三十男トム。ニューヨークに来る前の、人には言えない過去に懲りずに、再び「悪だくみ」するハリー。やれやれ。
 そこに爆弾登場。トムの行方不明の妹オーロラの娘ルーシーが突然現れるのだ。ところが困ったことに、少女はなぜか一言も発しようとしない。その沈黙の背後には、オーロラの巻き込まれた愚行の影が……。そしてこのルーシー、伯父たちとヴァーモントへ向かう途上とんでもない愚行をやらかす。だがブルックリンを離れたこの小休止が、物語に新しい出会いと思いがけない展開をもたらす。
 ネイサンとトムの文学談義はたまらない。とりわけ死期の迫ったカフカと一人の少女のエピソードは感動的だ。そのカフカの行為が、大言壮語の胡散臭(うさんくさ)い人物でありながらロマンチックな夢想=物語をつねに抱えていたハリーの最後の「大盤振舞(おおばんぶるま)い」とどこか響き合っているのを知るとき、善行と愚行の境界は曖昧(あいまい)であり、大切なのはどれだけ切実に人のことを思えるかなのだと気づかされる。
 語り手の上機嫌な筆致が心地よい。そうだ、我々の犯す個々の愚行の大半は、陽気に語り笑い飛ばせる〈物語〉になりうるのだ。無論それが、利他的な善意を装った政治的・宗教的狂信という巨大な愚行に陥らない限りにおいて。
    ◇
 柴田元幸訳、新潮社・2415円/Paul Auster 47年生まれ。米国の作家。『ガラスの街』『幻影の書』など。

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