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ナチスのキッチン―「食べること」の環境史  [著]藤原辰史

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2012年07月29日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■台所に介入する独裁者の恐怖

 「飽食」時代の人間は、自分の眼(め)や鼻を信じない。賞味期限の数字を信用する。腐ってもいないのに捨てる。五官が衰えると、人は単純なものしか好まぬ。過激な言辞を喜ぶ。独裁者歓迎の素地は、着々とできあがりつつある。
 ヒトラーを信奉するドイツのナチ婦人団は、食は自分だけのものではない、と言った。身体は総統と国家のものだ。健康は義務で、健全な心身を養成する台所は、主婦の「戦場」であり、調理道具は「武器」に他ならない。主婦は台所の兵士である。国家が管理するのは当然、というのが独裁者の言い分であった。
 残飯は豚のエサのため回収車に出すよう命じられた。後日、細かい分別リストが配られた。出してよい物。肉や魚、パンやケーキの残り。陶器、ガラスの破片、煙草(たばこ)、ボロ、紙は不可。豚が食わない物ばかり出されたのに違いない。
 残飯を供出する家は、役人ばかりだった。庶民には余すゆとりが無い。何と痛烈な皮肉だろう。
 ナチスは「母親学校」を設立し、料理や育児、看護、空襲への対応などを教えた。また就職しない二十五歳までの女性は、最低一年、農家などで家事を手伝い、母になる訓練を受ける義務が課された。
 主婦の指導には、「マイスター(親方)主婦」が当たった。五年以上の家事経験者で、二年間の修養を積み、テストに合格した人である。試験に落ちても、「主婦学士」の称号がもらえた。兵士のように等級をつけて、主婦たちを奮い立たせたのである。
 わが国でも戦時中(昭和一七年)、台所のゴミを養豚に利用した事実がある。ナチスに学んだのである。時の東条首相は、朝早く町に出て、民家のゴミ箱を一つずつ見て回った(阿部真之助『近代政治家評伝』)。平和は民のカマドの煙で判断する。為政者が台所のゴミに介入するようになると穏やかでない。本書を警世の書、と読んだ。
    ◇
 水声社・4200円/ふじはら・たつし 76年生まれ。東京大学講師(農業思想史)。『ナチス・ドイツの有機農業』など。

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